解明されていない「ゆっくり」被ばく

前回(>>記事はこちら)まで、低線量被ばくについて、実はよくわかっていないこと、そして国際ルールが国内の事情にどう関係しているかについて記してきました。今回は、健康に対する影響をどう考えるべきかについてお話ししたいと思います。

「DDREF」という言葉は聞いたことがない方のほうが多いと思います。これは「線量―線量率影響係数」(Dose and Dose-Rate Effectiveness Factor)といい、「受けた放射線の量」と、「放射線を受けた時間」の関係を指し示す数値です。同じ線量の放射線を「急激に」受けたか、長い年月で「ゆっくり」受けたかによる身体への影響の違いを数値化したものと考えてもらえばわかりやすいかもしれません。専門家の間では、放射線は急激に受ける場合よりもゆっくり受けるほうが、健康への影響が小さいことは合意事項と考えられています。前々回(>>記事はこちら)の説明では、この係数については詳しく述べていませんでしたので、改めて解説します。

LNT(しきい値なし直線)モデルにおける「100ミリシーベルトあたり0.5%の発がんが増加する」というのは、主に広島・長崎の原爆の被害者の方々に対する疫学的調査に基づいて得られた「瞬間的な被ばくにおいては100ミリシーベルトあたり1%ほどの発がんの増加がある」という結果から、ある程度長い時間(1年程度)で被ばくをする場合の数値として導かれたものです。これがDDREF=2である状況と考えて下さい。ところが、今回の原発事故に関連する被ばくは「非常にゆっくり」(さらに長期)というタイプの被ばくであるので、身体への影響を考えるとき、その時間軸の違いを考慮する必要があるということになります。

上記のように、DDREFが2であると、「ゆっくり」効果が2倍、すなわち、発がん率は半分に低下します。ただ、「ゆっくり」効果が正しくはどういう大きさであるのかもまた、今の科学では解明されていないのです。ICRPは、最近の科学的知見をもとに、この数値は少なくとも2、もしくは、2より大きい可能性もあると暫定的に結論づけています。

年末のNHKの「追跡!真相ファイル(低線量被ばく 揺れる国際基準)」(2011年12月28日放映)で、ICRP(国際放射線防護委員会)が低線量被ばくについて見直しを行っている、ということが扱われました。私も番組を丹念に見ましたが、低線量被ばくは今までに認識されているよりもリスクが大きい可能性があって、原発事故の影響による健康被害についてもう少し慎重な立場に立った方がよい、と番組を見た一般の方が感じてしまうような構成であったと思います。しかし、これは少々誤解であると思います。現実にICRPで議論されているのは、低線量被ばくリスクそのものではなく、上記のDDREFの考え方や数値についてなのです。同じNHKの「サイエンスZERO(低線量被ばく 人体への影響を探る)」(2011年11月12日放映)ではDDREFについて正しく論じられていましたので、NHKによる意図的な情報操作ではないと思うのですが、非常に多くの視聴者の関心が高く、かつデリケートな問題についてですので、NHKをはじめとするテレビや新聞には、より一層正確な報道を望むものです。