日本の病理「おっさん社会」

請われて来たはずの私が、中傷され、排除の対象になってしまう――そんな状況に「おかしい」という声が上がらないほど、ラグビー協会の「おっさん」たちは、内部だけでしか通用しない「タテ社会の論理」で動いていたのです。

谷口真由美『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)
谷口真由美『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)

『失敗の本質』や『タテ社会の人間関係』が日本的組織の問題点を論じたのは、いずれも昭和の時代のこと。しかし、私が「まるで令和のラグビー協会の話ではないか」と感じるくらい、現代においてもその指摘は普遍性を帯びています。

アメリカから連合国総司令官のマッカーサーがやってきて“外圧”で日本を強制的に変えても、男女平等などグローバリズムの波が押し寄せても、日本の病理である「おっさん社会」はほとんど変わっていません。情報化・多様化が進み、さまざまな価値観に触れられるようになった現代でも、「おっさん社会」はまるで形状記憶合金みたいに、いつのまにかその形を取り戻してしまうのです。

「それが日本人の国民性だから仕方がない」と片づけてしまうのは簡単です。しかし、戦後75年で社会のあり方や価値観がドラスティックに変わったのにも関わらず、根深く「おっさん社会」が残っていることにはなにか大きな原因があるような気がしてなりません。

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