クリチコ市長は、本拠地であるドイツにとどまっていれば快適で豊かな生活が待っていただろうに、市長選挙に挑み、2度は敗れたが3度目に当選した。愛国心のなせるわざである。そのうち大統領候補だと言われている。クリチコ市長もJICAのファンである。今度オフィスを作ることにしたというと、本当に喜んでくれた。

ちなみに、弟のウラジミール・クリチコ氏も異なる組織のヘビー級のチャンピオンで、2人で世界を制していた。

オペラハウスで見たウクライナ人の苦悩

キエフには大型ではないが、立派なオペラハウス(ウクライナ国立歌劇場)がある。キエフ・オペラは日本にも何度もやってきている。バレエはもっと有名である。

北岡伸一『世界地図を読み直す:協力と均衡の地政学』(新潮選書)
北岡伸一『世界地図を読み直す:協力と均衡の地政学』(新潮選書)

旧知の角茂樹・駐ウクライナ大使ご夫妻にお声掛けをいただき、ヴェルディのオペラ『ナブッコ』を観に行った。これはバビロニアのネブカドネザル王のもとに囚われとなったユダヤ人(バビロンの捕囚)を主人公にしたオペラである。

イタリアがまだ統一されておらず、オーストリアなどの支配に苦しんでいたとき、このオペラは作曲され、3幕の合唱「行け我が思いよ、金色の翼に乗って」は、独立と統一を求める民衆によって熱狂的に歌われ、イタリアの第2の国歌と言われた。

この合唱に、観衆はどう反応するか、実は固唾を飲んで観劇した。演奏は素晴らしかったが、観衆が熱狂する場面はなかった。たしかにロシアとの問題は、感情的な高揚で解決できるような問題ではない。そのことを知っているからかもしれない。(2017年8月9日記)

筆者付記——ロシアのウクライナ侵攻にあたって

(2022年3月2日)ウクライナ情勢が緊迫していた2月3日、私は友人のジャン・マリー・ゲーノコロンビア大学教授(元国連PKO局長)とのオンライン会議で、たとえば10年間ウクライナはNATOに入らないという提案をしたらどうだろうかと話した。試みる価値はあったと思う。

しかし、戦争は勃発してしまった。5年前の文章の中で、キエフにおけるオペラ、ナブッコに触れた。今、そういう機会があれば、聴衆は熱狂的に「行け我が思いよ、金色の翼に乗って」を歌うだろう。ウクライナが親ロシアになることは、もうないだろう。

日本もできるだけのことをして、ウクライナを支援すべきだ。しかし、それでも、正義の実現よりも、犠牲者を増やさないことの方を重視して、事態を収拾するしかないと思う。

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