言葉による虐待は知能の発達に悪影響

我々教師も真剣に向き合えば向き合うほど、狂った親たちに苦しめられる。しかし、苦しんでいるのは子供たちに他ならないし、見えないところでは彼らの身体も壊れていっている。

林純次『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)
林純次『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)

福井大学子どものこころの発達研究センター教授・友田明美は、小児期に身体的虐待・性的虐待・ネグレクト・心理的虐待の被害経験を持つヒトの脳を、MRI(核磁気共鳴画像法)を使って可視化し、脳の形態的・機能的な変化を調べた。その結果を示そう。

まず言葉による虐待(暴言虐待)について。物心ついたころから暴言による虐待を受けた被虐待者たちは、大脳皮質の側頭葉にある「聴覚野」の一部、特に上側頭回灰白質の容積が平均14.1%も増加していることがわかった。

これを受けて友田は、子供時代に言葉の暴力を繰り返し浴びることによって、人の話を聞き取ったり会話したりする際に、その分、余計な負荷がかかることが考えられると分析する。「生まれてこなければよかった」「死んだ方がましだ」など、暴言を受け続けると、聴覚に障害が生じるだけでなく、知能や理解力の発達にも悪影響が生じることも報告されていると言う。

体罰は脳に打撃

肉体的な「体罰」でも脳が打撃を受けることがわかった。厳格な体罰(頬への平手打ちやベルト、杖などで尻をたたくなどの行為)を長期かつ継続的に受けた人たちの脳では、感情や思考をコントロールし、犯罪抑制力に関わっているとされる右前頭前野内側部の容積が、平均19.1%も小さくなっていたと同氏は報告している。さらに、集中力・意思決定・共感などに関わる右前帯状回も16.9%、物事を認知する働きを持つ左前頭前野背外側部も14.5%減少していたという。

これらの部分が障害されると、鬱病の一つである感情障害や、非行を繰り返す素行障害などに繋がると言われることを示した上で、「体罰と『しつけ』の境界は明確ではない。親は『しつけ』のつもりでも、ストレスが高じて過剰な体罰になってしまう。これが最近の虐待数の増加につながっているのではないか」と警鐘を鳴らしている(※7)

人間の脳は言語的衝撃に弱い

さらに、我々が目を逸らしてはならない事実がある。夫婦間DV(Domestic Violence:家庭内での暴力や攻撃的行動)を子供が目撃してしまうことの危険性である。DVを平均4.1年間目撃して育った人は、視覚野の一部が平均16%減少していた。特筆すべきは、夢や単語の認知に関係する舌状回の容積が、身体的DVでは3.2%の減少に対して、言葉によるDVでは19.8%の減少と6倍にもなっていたことだろう。人間の脳は物理的衝撃よりも言語的衝撃に弱いのだ。

この研究を受けて友田は次のように提言する。

「子どもたちは癒されることのない深い心の傷(トラウマ)を抱えたまま、さまざまな困難が待ち受けている人生に立ち向かわなければならなくなる。トラウマは子どもたちの発達を障害するように働くことがあり、それによって従来の『発達障害』の基準に類似した症状を呈する場合がある。子どもたちの発達の特性を見守るのが周囲の大人の責任であることを再認識しなければならない」(※7)

この知見には強く賛同する。最難命題である大人の意識改革、換言すれば“解毒”に臨まなくてはならない時期がきているのかもしれない。