「吐いてスッキリしたでしょ。早く次のところ行くよ」
嘔吐物の量が少なければいいが、大量だと作業も相当の手間と時間を要する。8月の不快指数の高い日のこと。私の目の前で、小学生くらいの男の子が突然嘔吐した。
さすがに目の前の出来事に有志の登場を待つわけにもいかない。すぐに駆けつけて、「大丈夫?」と男の子に声をかけ、足元に広がった嘔吐物の処理に取りかかった。ペーパータオルをかけ、嘔吐処理をしていると、横にいた母親らしき女性が、「吐いてスッキリしたでしょ。早く次のところに行くよ」と言うと、あわててその子の手を引いて去っていった。私は茫然と親子の後ろ姿を見送った。
オンステージでの作業が終わると、バックステージに戻って後処理をしなければならない。使用したトイブルームとダストパンを水洗いした後、さらに殺菌処理が必要になる。ダストパンのペーパータオルをゴミ袋に入れ、口を縛って赤のテープを巻く。それを近くのコンテナに持って行き、所定の場所に置く。
さらに嘔吐処理の発生時間や場所などを所定の記録用紙に記入する。この作業もなかなか手間がかかる。水洗い中、ダストパンの隅にひっかかりなかなか流れていかない吐瀉物の断片を見ているうち、さきほどの母親の顔が頭に思い浮かび、腹が立ってきた。
気まずかったのか、本当に急いでいたのかはわからない。それにしても目の前で処理をしている人に何も言わずに立ち去るなんて。ムカムカしながら、作業を続ける。ようやく処理を終わらせて、再び持ち場に戻る。イヤな気持ちを引きずっていても仕方ないので、目の前の掃除に集中する。
揺れ動くアトラクションの上での嘔吐処理
すると30分もしないうち、また別のキャストが私のところへ急いで近寄ってくる。今日のように、真夏の不快指数の高い日には嘔吐処理も増えるのだ。よりにもよって、2回連続で嘔吐処理の当たりの日か、ツイてない。
息を切らせながらキャストはこう言った。「向こうでゲストの男の子がポップコーンをぶちまけちゃいまして。処理していただけませんか?」「お安い御用です!」私は喜び勇んで駆けつける。
ゲストは嘔吐する場所を選ばない。とくに揺れ動くアトラクションは嘔吐を誘引しやすい。アトラクションの中での嘔吐処理もまたわれわれカストーディアルキャストの仕事である。
その日、私は「ジャングルクルーズ」のボート上での嘔吐処理を依頼された。ゲストがひとりもいない客船に私がひとりで乗り込む。「ジャングルクルーズ」が貸し切り状態で、人によっては貴重な体験かもしれないが、私の目の前にはこんもりとした吐瀉物が残されている。気分が盛りあがることはない。
船が一周するあいだに吐瀉物をきれいに取り除き、消毒し、その後始末まですべてを終わらせなければならない。それが私に課せられたミッションなのだ。すぐに取りかかるが、大きく揺れ動くボート上での下を向いての作業で早々に気分が悪くなってくる。とはいえ、タイムリミットは10分。休んでいるヒマはない。
私はゾウやワニ、カバたちにわき目もふらずに清掃作業を続けた。そして、ちょうど一周が終わろうとするギリギリのところで、無事に後片付けを済ませることができた。揺れる船内での下を向いての急ぎ作業はもう少しで私に新しい吐瀉物を作らせるところであった。