家庭環境と子どもの知能の“意外な関係”

家庭環境と知能発達(とりわけ言語能力)の相関の原因を突き止めるため、カンザス州のBetty HartとTodd Risleyは非常に地道な研究を行った[2]

彼らはまず、7カ月から9カ月の赤ちゃんがいる42の家庭に長期間に及ぶ研究への協力を取り付けた。そして赤ちゃんが3歳になるまでの2年半、毎月すべての家庭を訪れて親子の会話を1時間録音し、一言一句を文字に起こしていった。

サンプルには13の高SES家庭(大学教授など)、23の一般労働者家庭、および6の生活保護を受ける家庭が含まれていた。

社会的・経済的状況に関わらず、対象となったすべての家庭で子は愛されていた。実に1318時間にも及ぶ会話記録を統計的に分析した結果、予想外の事実が浮かび上がった。

高SES家庭と低SES家庭で最も顕著な差は、親が子に話しかける「量」だったのだ。

家庭環境と知能発達(とりわけ言語能力)の相関

調査期間中、高SES家庭の親は1時間に平均して487語の発話をしたが、低SES家庭は平均して176語にとどまった。じつに3倍の差である。

その結果は如実に現れた。

子が3歳になった時点で、高SES家庭の子は平均して1時間に310語の発話をしたが、低SES家庭の子は約半分の168語に。語彙力を測ると、前者の子は1116語、後者はやはり約半分の525語であった。

父と息子のクッキング
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子どもの知能に大きな影響を与える「三千万語の壁」

さらに研究者は子どもが小学3年生になった時点で追加の調査を行った。

すると3歳の時点での語彙力と、小学3年生の時点での言語能力テストのスコアの間に明確な相関(r=0.57-0.72)が見られたのである。

なぜ裕福な親のほうが赤ちゃんに話しかける量が圧倒的に多いかについては、この研究は答えていない。もしかしたらコミュニケーションに長けた人ほど高収入を得やすい、などの社会的背景もあるのかもしれない。

だが事実として、赤ちゃんが聞く言葉の量は家庭によって1時間に300語もの差がある。このデータから外挿すると、3歳までに三千万語もの差が生じることになる。HartとRisleyはこれを“30 million word gap”(三千万語の差)と呼んだ。

赤ちゃんがまだ喋れない頃から浴びる数千万語の言葉のシャワー。これこそが子どもの長期的な知能の発達に非常に重要なファクターだったのである。

逆に幼児のうちから塾に行かせ読み書きや数え方を詰め込むような、いわゆる「英才教育」が長期間にわたって有益であるという確たる証拠はない[3]

つまり高いお金を払う英才教育だけが意味のある幼児教育ではないのだ。子どもと向き合い、たくさん話しかける。これだけで子どもの将来にポジティブな影響を与えられる。誰にでもできるし、1円もかからない。