僕はもう「運の悪さを受け入れるしかない」という境地に立っているんです。チームメイトにも「自分は運がない」と公言していました。試合中に想定外の場所からボールが飛びこんできて、順調だった試合が中断することもありました。そんなついていないことが起きるたび、チームメイトから「君は運がないから仕方ないよ」と励ましのアイコンタクトがくるほどになっていました。不運からは逃げようがないなら、それを受け入れて共存していく。そう決めたあたりから、運の流れが変わったように感じます。

一時期は卓球をやめてしまいたいと思うほど

僕は13年頃から目に違和感を覚えるようになりました。卓球選手にとって目は命です。それが18年にはひどくなり、ボールが消える(見えなくなる)ようになりました。病院を何軒はしごしても原因がわからない状態が続き、21年5月になってやっと「ビジュアルスノウ」(視界砂嵐症候群)という病名にたどり着きました。降雪やテレビの砂嵐のような光景が視界にある視覚障害です。これといった治療法はなく、心を病んでしまう人もいるそうです。

オリンピック直前の時期に、同じ症状で苦しんでいた人がライブ配信で「今から自殺します」と宣言し、自殺してしまったことがありました。とても衝撃的で、人ごととは思えませんでした。自分だって明日はどうなるかわからない。そんな精神状態のなか、一時期は卓球をやめてしまいたいと思うほどでした。しかし、多くの人に支えられている現実や、責任感から、なんとか続けることができました。

試合中しっかりボールを見ようとすると動きが遅れてしまいます。だから「目の調子が悪い」ということを受け入れて、なんとなく見えた時点で動き出そうという意識に変えました。すると、またうまくボールが打てるようになったんです。オリンピックのときも、目が健康なときに比べてパフォーマンスは3割程度しか出せませんでした。しかし、その3割で活躍できるように必死に努力しました。そんな状態でも金メダルを取れたことは、むしろ幸運とも言えます。「運」とは自分の意思や行動とは違うところにあり、どう受け止めて生かすかが大事だと思います。

試合やビジネスシーン、メディアに出演する僕は常にポジティブで、強いメンタルの持ち主ですが、素顔の水谷隼は「超ネガティブ人間」なんです。ただ、ネガティブにばかり考えていたら生きていけません。努めてポジティブに考えるようにはしています。今でも人前に出るときは「ポジティブな水谷隼」を演じているところもあります。

「運が悪い」と悩んでいる方がいたら、まずその自分を受け入れること。そこから、どうすれば良くなるかを考えるといいと思います。運の潮目を察知して流れに乗ることで、良いときも悪いときもうまく対応できる習慣が身に付くのではないでしょうか。

(構成=力武亜矢 撮影=泉 三郎 衣装提供=TAGARU代官山店 写真=時事通信フォト)
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