安倍元首相がこだわったアベノマスクの損切り

もう一つ興味深かったのが、大量の在庫が問題となっている、いわゆる「アベノマスク」問題だ。約8000万枚の在庫があり、去年8月から今年3月までに約6億円の保管料がかかっていた。だが、野党側の批判を受けて、岸田政権はあっさり「廃棄」を決定。鈴木俊一財務相は24日の記者会見で、廃棄について「俗な言葉で言えば『損切り』」と述べた。

安倍氏があれほどまでにこだわったあのマスクについて、閣僚から「損切り」などという言葉が出てくるのは、かなり新鮮だった。少なくともこの政権の、安倍氏へのどことなく冷ややかな視線を感じさせる場面ではあった。

他者からの批判にまともに耐えられない宰相が、コロナ禍で責任逃れのような言葉を繰り返す「見るに堪えない国会」が、衆院選を経てわずかながらでも「正常化」に向かったとは言えると思う。

では、自民党のこうした変化は、何によってもたらされたと言うべきなのか。

まさに自民党が、先の衆院選で惨敗するかもしれない、最悪の場合下野を覚悟しなければならない、というところまで追い詰められたからにほかならない。もし自民党が「衆院選は難なく勝てる」とはなから考えていたのなら、前回の2017年衆院選から4年の間に、2人も首相が代わるわけもない。

そして、そういう状況を作ったのは、今前後左右から「惨敗」の石つぶてを投げつけられている、立憲民主党を中心とした野党勢だったのではないか。

戦後最弱の野党第1党が見せた追及

わずか4年前の2017年の衆院選で、立憲民主党は結党からわずか20日で、55議席という「戦後最小の野党第1党」となった。かつて自民党から政権の座を奪ったこともある民主党、後の民進党は、この選挙を通じて粉々に砕かれ、立憲民主党は民主党、民進党時代の党組織や財政をほとんど引き継げなかった。議席数以上に脆弱ぜいじゃくな野党第1党であった。

自民党も「これでしばらくは政権交代の心配をしなくてすむ」と思ったのではないか。実際、立憲民主党の枝野幸男代表(当時)自身、当時は「政権を担える政党になるには10年はかかる」との見通しを語っていたものだ。

ところが、その弱小野党第1党がその後、「安倍1強」と言われた巨大与党に、まさかの「まっとうな」戦いを見せた。小さな野党の追及が政府・与党を追い詰める場面が目立ち始めた。メディアは野党について、何かにつけて「だらしない」の一言で片付けるが、野党が共同して安倍政権を追及し、政府・与党を動かしたケースは、実はかなりある。

結党翌年の2018年通常国会で、政府が最重要法案と位置づけていた働き方改革関連法案に盛り込まれていた「裁量労働制の対象拡大」をめぐり、労働時間の不適切データ問題が発覚。野党の追及を受け、安倍政権は裁量労働制の対象拡大を法案から全面削除せざるを得なくなった。法案の根幹部分の変更を余儀なくされたことで、安倍政権は大きな打撃を受けた。

19年の参院選で立憲民主党は議席を倍増させた。参院選後の臨時国会では、20年度開始が予定されていた大学入学共通テストにおいて、英語民間試験、国語と数学の記述式問題などの導入を延期させた。同党をはじめとした野党勢力が結束して「家庭の経済状況によって受験の機会などに格差が生じる」と追及した結果だ。首相主催の「桜を見る会」をめぐる問題は共産党が発掘して大きな注目を集めた。この問題にも野党が結束して臨んだ。