2020年(1~12月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。老後部門の第2位は——。(初公開日:2020年9月13日)
「できないことが増えていく母親を叩いてしまう」。ひとりで70代の母親を介護する中年男性はヘルパーにそう告白した。愛する母親の介護を買って出たはずなのに、なぜそうなってしまったのか。「シングル介護」の知られざる苦しみとは——。(後編/全2回)
車椅子を押す人
写真=iStock.com/itakayuki
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この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、未婚者や、配偶者と離婚や死別した人、また兄弟姉妹がいても介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

<前編のあらすじ>
関西地方の旅行会社に務める狛井(こまい)正浩さん(仮名、57歳独身)は、生まれ育った家で40年以上、両親と共に暮らしてきた。昔ながらの一軒家で、段差が多く湿気がこもり、夏は暑く冬は底冷えする。狛井さんは、2009年に新築マンションの一室を両親にプレゼントした。しかしまもなく母親が要介護に陥る。しばらくは父親が母親を介護してきたが、2015年にがんで急逝してしまう。

母親の右手の甲に紫色のアザ、ヘルパー2人と事業所の人が謝罪に来た

翌年2016年3月、ちょうど仕事が終わる時間に、要介護の70代母親のホームヘルパーのAさんから電話があった。

「お母さんの歩行介助中に足の出が悪く、ふらつかれた時にヘルパーのBが支えたんですが、とっさに手を下につかれて、手の甲にアザができました」

狛井さんは転倒が一番怖かったため、「尻餅はついてないですか?」と尋ねる。「ついてないです」。Aさんははっきり答えた。

帰宅した後、狛井さんは「お母さん、今日ケガしたらしいなあ」と話しかけたが、母親は何も言わなかった。

「母の右手の甲には紫色のアザができていました。その日は立ち上がり用の手すりを持たせると立つことができたので、念のために入浴はせず、トイレだけ済ませて寝かせました」

ところが翌日、異変が起こる。

狛井さんが帰宅すると、「母親の動きがおかしい」という内容の報告が、別のヘルパーから介護ノートに記載されていた。狛井さんは、すぐに立ち上がり用の手すりを母親に持たせ、立つように促してみたが、母親はソファーから立ち上がれない。

「不審に思い、母に昨日どんな転び方をしたのか聞きました。すると母が言うには、手すりの向こう側へ回るように転んだようで『ウチがキャー! って言うたからヘルパーさんがビックリして飛んで来たんや!』と言うのです」

つまり、ヘルパーはしっかりサポートをしていなかったことになる。狛井さんは思わず、「お母さん、ヘルパーの人がそんなことせえへんやろ!」と大声を出してしまう。

「違う! ウチ嘘なんかつかへん!」母親は自由に動くことはできなかったが、頭はしっかりしていた。何より、狛井さん自身が「母は嘘を言うような人ではない」と分かっていた。

狛井さんは、ヘルパーのAさんBさんの事業所に電話をし、事実確認を依頼する。電話窓口の人は、「そんなことがあるはずがない」と最初は否定したが、約30分後に返事が入る。「申し訳ありません。そういった事実がありました……」と。

その夜、ヘルパーのAさんBさんの事業所の事務長と本人たちが謝罪に来た。狛井さんは、「今後、絶対に嘘はつかないでくださいね」と注意し、3人を帰らせた。

「その時は、1〜2週間もすれば、また元のように介助すれば歩けるようになると信じていました。私が甘かったのです」