忙しく働くことは美徳ではない

当時、私の先輩で同じくドイツに赴任している日本人がいました。仕事ができる人で、非常に忙しい人でした。その先輩はあちこちのプロジェクトで引っ張りだこなので、よく廊下を走る癖がありました。私にとっては、すごく献身的で努力家で“デキるすごい先輩”です。

ところがある時、ドイツ人の同室の同僚が真顔で私にこう質問しました。

ドイツ人同僚「Tama、彼はなんでいつもせわしなく走っているの?」

玉本「 そりゃあ、仕事が忙しいからに決まっているじゃないか。なんでそんなこと聞くの……(あっ、そういうことか!)」

彼のこの些細な質問で、私はいよいよわかりました。彼らが最も大事にしているのは、「ステート」なんだと。私たち日本人にとっては忙しく献身的に働く姿勢は美徳ですが、彼らにとっては美徳でもなんでもない。美徳どころか自分のステートをコントロールできない人、と映っていたようです。

「この人たちは、機嫌良くいるためにいろんなことを考えているんだ」
「自分のステートを大事にしているからこそ、他人のステートを犯さないようにも気をつけているんだ」
「だから、“Tama, Wie geht es dir?”(ご機嫌どうよ?)の掛け声が多いのか」
「日本では自分のステートは二の次で、ムスッとしている人が多いな」

「自分の機嫌は自分で取る」という自立した生き方

今まで見えてなかったものが、すべてスーッと入ってくる感覚でした。

振り返ると、ドイツでは成果を出したり生産性を高めたりしようとするからといって、人間関係はギクシャクさせない。人としてお互いへの関わりも忘れていない。絶妙なバランスでした。

また、日々ステートが良く、何より多くの人たちがご機嫌でした。廊下で人とすれちがう時は、誰とでもどんな時でもニコッと笑顔で挨拶をする。私が外国人だから気を遣っているのではありません。

「自分の機嫌は自分で取る」

ドイツで参考になったのは、彼らの「自分のステートを他責にしない、究極の自立・独立した生き方」です。かたや日本は、良くも悪くも全体組織への協調を重んじる文化です。自分の感情を押し殺して組織やチームに従うことが多いためか、「自分の機嫌は自分で取れない」「自分の機嫌は周り次第」、そんな深い思い込みがはびこっているように思います。