約5年かけてつくった「認知機能に関する教材」

私自身、少年院に勤務する前は公立精神科病院でさまざまな子供たちを診てきた。そこでは彼らが抱える問題はよく分かるが、では具体的にどうしたらいいのか? となると、ほとんど投薬治療しか手段がなかった。あったとしても、いいところを見つけましょう、しばらく様子をみましょうと言って、その場しのぎをするくらい、具体的な術がなかったのである。そこに疑問を感じ、病院から少年院に移った。少年院では、「◯◯すべきだ」という評論家でなく、彼らが苦手なことをトレーニングして少しでも改善させてあげたいと思った。

当時は、体系立てられた認知機能に関する教材がほとんどなく、いろいろ調べ思い悩んだ挙げ句、自分でつくるしかない、自分でつくろうと決めた。それから何年も、教材をつくっては少年たちに試し、その反応を見て修正しながら、約5年の歳月をかけてコグトレを完成させた。

脳のイメージ
写真=iStock.com/Feodora Chiosea
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認知機能の向上は、社会性の獲得につながる

少年院の非行少年たちも最初は半信半疑だったが、グループで助け合いながら実践していくことで無理なく継続することができた。ドリルなどの教材と違い、遊び感覚でできるので、少年たちは答えを間違えても劣等感をもったり傷ついたりすることも少なく、楽しみながら取り組んでいた。

行動の変容を促す療法としては、認知行動療法が一般的である。しかし、学習の土台ができていない少年たちが認知行動療法に取り組んでも、その時は効果があるように見えても、少年院を出るとまた元の状況に戻ってしまうことも少なくなかった。しかし、コグトレによって少年たちの認知機能が向上することで、学習の土台(「見る力」「聞く力」「注意力」「記憶力」「想像力」)が鍛えられ、物事を自分なりに考えられるようになり、社会性の獲得につながるのだ。

そういった実践を講演会などで紹介するうちに、学校の子供たちにも使えるようにしてほしいという要望を多数いただき、ついに一般向けにも出版することになった。しかし、出版社も最初は予算がかけられなかったため、800枚近くある最初のテキストのシートは、私がWordで作成した図をそのままPDF変換したものだった。シートで使うイラストは絵の得意な知り合いに描いてもらったが、ほとんど私の自主制作だった。今ではコグトレの学会ができるほど幅広く学校や塾、家庭で使われるようになっている。