【東】石田さんは東大を定年退職されたあと、長野県の自宅から、自分ひとりで配信している。アシスタントもいないんですよ。テクノロジーの可能性は、まさにこういうところにあると思いますね。石田さんもシラスのお客さんをとても気に入ってくれています。配信というと若者やサブカルというイメージがありますが、こういう使い方の可能性を開いたのは運営者として嬉しく思います。

立ち上げて感じた視聴者コミュニティの大切さ

――シラスが始まった経緯は?

【東】ゲンロンの動画配信は、ニコニコ生放送で2013年にスタートしました。また他方で「ゲンロン友の会」といったコミュニティも10年間運営してきました。そのベースのうえに昨年10月にシラスを立ち上げたわけですけれど、正直なところ予想以上の反響がありました。

この1年で改めて感じたのはコミュニティの大切さです。配信者と視聴者がともに作るコミュニティですね。

シラスは「完全コテハン制」が特徴のひとつで、ユーザーは固定のハンドルネームとアイコンを登録しています。だから、番組中にコメントを書き込むと、だれの発言かすぐ分かる。コメントする人たちは、ユーザー同士でハンドル名を憶えて、番組が始まるときに「こんにちは」「こんばんは」と挨拶するんですね。

長めのレビューも投稿できるから、「○○さん、この動画にレビューをつけたんだ」と気づくし、そのユーザーのレビュー一覧も参照できます。つまり、シラスは動画配信プラットフォームでありながら、SNSのような機能もあるんです。

東浩紀さん
撮影=西田香織

“顔が見える”規模でポジティブなコメントが届く

【辻田真佐憲】ある種の“ぬくもり”と言ったら宗教っぽく聞こえるかもしれませんが、番組の配信側から言うと、コミュニティがあるおかげで安心して話せるところがあります。

いまはネットで何か発信すると、すぐに攻撃される。とくにツイッターはほとんどツッコミ文化じゃないですか。いろんな専門家が見ていて、粗探しやマウンティングがものすごい。そのせいで、文章の書き方はどんどん防衛的になって、ズバッと言えなくなっているんです。

ネット記事は「PV(ページビュー)を伸ばせ」と言われるけど、100万PVを超えたりしたら、誹謗ひぼう中傷のコメントがどーっと押し寄せる。もはや記事の内容はほとんど伝わっていないんですね。その結果、書き手はやる気を失うところがどうしてもあります。