2020年(1~12月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。教養部門の第4位は――。(初公開日:2020年2月11日)
2月11日は「建国記念の日」であり、「建国記念日」ではない。東京大学史料編纂所教授の本郷和人氏は「明治政府は初代・神武天皇の『即位日』を建国記念日に決めたが、史料的な裏付けはなく、戦後廃止された。復活を望む保守派は、みんなを納得させる苦肉の策として『の』を挿入した。いわば『配慮の結晶』なのです」という——。

※本稿は、本郷和人『空白の日本史』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

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「の」から紐解く“空白の日本史”

2月11日の「建国記念の日」。この日は、日本の建国を祝う祭日として、明治6年の1873年に定められました。当時は「紀元節」といっていました。世界各国で「建国記念日」は存在しますが、なぜ現在の日本では「建国記念“の”日」と称されるのか。

その背景にある「皇紀の虚偽」をひも解くことで、新たな「歴史史料の空白」を検証してみたいと思います。

まず、この「建国記念の日」ができた当時、明治政府は日本が万世一系ばんせいいっけいの天皇を頂点にした統治国家であることを、強烈にアピ―ルをしようと考えていました。当時の日本は、近代国家として誕生したばかり。

そのため、明治政府は、国内外に向けて、海外にはない日本のオリジナリティや存在感を示すため、日本という国が、長年に渡って天皇家というひとつの系譜に連なる血筋が治めていることを、最大限利用しようとしたのです。