革命と気づかれないまま無血開城が実現した

そんなふうに古今無数に存在する「明け渡し」のうちの最後のひとつがすなわち今回の江戸城なのであると、旗本たちは、もちろん口には出さないにしろ心のなかで思ったろう。

もともと平和的に事の運ぶほうが当たり前なのだと、理屈ではなく経験則で感じただろう。だからこそ彼らには、開城前に戦争すべしという発想がなかった。

城をまくらに討ち死にするとか、江戸を火の海にするとか、そういう行動を思い浮かべることがなかった。にもかかわらず開城後にあるいは上野寛永寺で、あるいは箱館五稜郭で、それぞれ抗戦した連中は、それはそれで臣下の一分を立てたと言うことができるのではないか。彼らはようやく事態の重さを理解した。徳川家達はただ駿府へ「転封」されたわけではないと気づくには、逆に言えば、それだけの心理的手続きが必要だったのである。

門井慶喜『東京の謎 この街をつくった先駆者たち』(文春新書)
門井慶喜『東京の謎 この街をつくった先駆者たち』(文春新書)

江戸の無血開城は「知的かつ文明的な」話し合いというよりも、こうした無意識のずるずる感というか、時代の余勢で実現した。この意味では西郷隆盛も、勝海舟も、江戸泰平の旗本たちもみな共犯者のようなものだった。あの名誉革命でロンドンを追い出されたカトリック推しの国王、ジェームズ二世が見たら何と言うだろう。

──日本人は、自我がない。

と軽蔑するだろうか。それとも逆に、

──大衆の知恵だ。

と賞賛するだろうか。なおこの国王はフランスに逃亡したあと、まだイギリスをあきらめず、逆襲とばかりアイルランドに上陸してさんざん兵士に血を流させたあげく惨敗した。

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