NHK会長 福地茂雄●1934年、福岡県生まれ。長崎大学経済学部卒業後、朝日麦酒(現アサヒビール)入社。同社の社長、会長、相談役を経て、2008年より現職。「番組のコストカットをしたらいいものはできない。スーパードライと同じです」

では、組織に横串を通すにはどうしたらよいか。私は最初の理事会で、みなさんにこう提案しました。「個室を出て、大部屋で仕事をしてください」と。

福地氏はこのとき、理事たちの個室を取り上げるだけではなく、全員から日付なしの辞任届を提出させた。NHKの組織風土をお題目ではなく本気で変える。その決意のほどを示したのだ。

やはり横のコミュニケーションをよくするには、マネジメント層が率先して動かなければいけないと思います。私自身がアサヒビールで大部屋に慣れていたのでお願いしたのですが、みなさん気持ちよく受け入れてくれました。たいへんうれしいことでした。

次に手がけたのは、管理職の異動にあたり積極的に部門横断的な人事を取り入れることです。最初の年は150人のうち20%にあたる30人が部門をまたいでポストを異動しました。2年目の09年からは数値目標を設け、これを30%に増やしました。

さらに、若手職員を対象に人事制度のアイデアを募ったところ、管理職になる前に一つの部門で専門性を深めるだけではなく、隣接する職場を経験するべきだという案が出てきましたので、これを採用しました。「キャリアの複線化」と呼んでいます。

この制度を使い、たとえば『クローズアップ現代』という番組を担当している報道局の若手を制作局に移しました。担当するのは同じ番組ですが、報道の目で見た切り口と、ドラマの演出なども手がける制作の切り口とでは問題意識の持ち方なども違います。

本人から「視野が広がって気持ちよく仕事をしています」という報告を受けましたが、周囲によると「われわれから見たら、これはたいへんな人事なんですよ」というのです。「会長がアサヒビールからキリンビールに移籍するくらいのインパクトです」(笑)。

まさかそんなことはないでしょうが、従来はそれくらい組織の縦軸の力が強かったということです。私はむしろそんな「常識」を知らないからやらせることができたのです。

報道局の中に生活情報部をつくったのもその一環です。強力な縦軸である政治部、経済部、社会部に横串を通すという意図があります。部長は政治部出身の女性ですが、そこで扱うのは「政治部から見た生活情報」ではなく、生活情報部から見た政治や経済や社会現象です。報道局各部の守備範囲に入っていって取材をする。そのことによって組織に横風が吹くのではと期待しているのです。

ただし、部門間をまたぐ人事異動にしろキャリアの複線化にしろ、上からの圧力によって動かしたものです。現場から自然にエネルギーが出てくるのでなければ、ほんとうに横串を通したことにはなりません。