肖像権で保護された人の顔と顔情報

日本では人の顔は「肖像権」で保護されている。50年以上前の最高裁でこの権利が確立され、各種の肖像権侵害裁判の起点となった。最高裁は、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する」とその意味を明らかにしている。

この肖像権が侵害されるかどうかは、「被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうか」で総合的に判断されることになっている。

一方、顔情報は、個人を識別する“符合”として法令上個人情報に位置付けられている。顔情報とは「顔の骨格及び皮膚の色並びに目、鼻、口その他の顔の部位の位置及び形状によって定まる容貌」(個人情報保護法施行令第一条一項ロ)であり、こうした情報を取得する場合には利用目的を特定して公表・通知することが義務付けられている。JR東が構内に看板を設置して告知したのはこの義務を受けてのことだ。

出所者を狙い撃ちすることは再犯防止の方向性と矛盾

肖像権侵害の場合は、出版されたり何かに使用されるのでなければ人は気づかない。そのため侵害行為については一般に公表後の事後的救済で対処される。

一方、顔情報収集の場合は、収集や識別のプロセスが本人に気づかれないまま行われるため、取得後規制が働かない。よって取得時の事前規制が必要になる。それが上記の公表・通知の義務である。

ただし、公共空間での顔識別システムの利用については、監視カメラの設置と違ってまだ社会的合意はできていないといえよう。だから、JR東日本も今回の取り組みを断念したのだ。

特に今回は、対象データの一部を出所者や仮出所者の顔情報としていたとされ、個人情報の保護の観点で問題があるし(刑事事件に関する手続が行われたことを示す情報は「要配慮個人情報」として保護の対象とされている。個人情報保護法施行令第2条4項参照)、現在政府が進めている罪を犯した人の更生を後押しする「再犯防止推進法」(2016年成立)の方向性とも矛盾することとなる。

鉄格子をつかんでいる手元
写真=iStock.com/Rattankun Thongbun
※写真はイメージです

そもそも、前科がある人を公共空間で識別するという発想は、昔の日本で獄に入れられた人に入れ墨を刻印した歴史を思い出させる。現代版の“デジタル入れ墨”と言ってもいいかもしれない。

そのような差別的な監視システムをこの国の社会で本当に必要とするのか、徹底的な議論を尽くさなければならない。公共空間でどんなターゲットを選定するのか、監視する目的や必要性があるかを明らかにしないまま、一企業であるJR東日本だけの判断でこうしたシステムが稼働できるような現状は、個人情報(顔情報)の保護の観点に加えて更生を支援する社会のあり方との関係でも問題が大きすぎよう。