企業でメンタルヘルス研修の講師をする見波利幸さんは、呼ばれた企業のトイレで「メンタル不調にさせた部下の数」を競う先輩と後輩の会話を聞いたという。自慢できるようなことではないのに、なぜか得意げになる人の心理とは――。
※本稿は、見波利幸『平気で他人をいじめる大人たち』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
トイレで聞こえてきた恐ろしい会話
私がメンタルヘルス研修の講師として呼ばれたある会社でのことです。
研修が始まる前にお手洗いに行くと、そこの社員とおぼしき四十代くらいの男性二人が大きな声で話しているのが聞こえてきました。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、なにしろ大きな声でしゃべっているので聞きたくなくても耳に入ってきます。
二人の会話は次のようなものでした。
先輩A:「今日は何の研修だっけ?」
後輩B:「メンタルヘルス研修ですよね~」
先輩A:「うわっ、めんどくせえ。受けたくないけど、上が受けろって、ほぼ強制だよなあ。しょうがないから受けるけどさ」
後輩B:「ですよねー。ダルいですよね」
先輩A:「ところでさ、お前さあ今年に入ってから部下何人くらい不調になったの?」
後輩B:「今年に入ってからだと、まだ二人だけですね」
先輩A:「俺なんか四人だよ」
後輩B:「へえー。さすがですね」
先輩A:「お前は、まだまだ甘いんじゃないの」
部下をメンタル不調にさせたことを自慢する人たち
二人の会話からもうおわかりいただけたと思いますが、彼らは自らの手で部下を何人メンタル不調にさせたかで競い合っていたのです。特に、メンタル不調者を多く出した先輩Aの方は、ものすごく得意げに話していました。それを聞く後輩Bの方も、本気でAを尊敬しているらしいのですから驚きました。
ですが実際に、部下をメンタル不調にさせて、それを自慢にしている人たちというのは、少なくない数で存在しています。
それからまもなく研修が始まりました。
私が講師として、会議室の教壇の前に立つと、さっきの二人が私の顔を見てびっくりした表情を浮かべて座っていました。どうやら彼らは、お手洗いにいた私の存在に気づいていたようでした。