母親と引き離された後の赤ん坊の反応

ロンドンの精神分析医だったジョン・ボウルビィは、落ち込んだ気分がもつ機能を進化的に考えた最初の研究者の一人だ。ボウルビィは、ドイツ人動物行動学者のコンラート・ローレンツと、英国人生物学者のロバート・ハインドとの対話にヒントを得て、母親から引き離された赤ん坊の行動に、進化的な視点から注目した(*1)

赤ん坊の中には、母親と短時間引き離された後、すぐに母親との結びつきを回復する子もいれば、よそよそしく振る舞う子もいた。そして、怒りを露わにする赤ん坊も数人いた。離れている時間が長くなればなるほど、行動のパターンは安定した。最初は抵抗して泣き、次に黙ってうずくまり、体を揺らすのだ。その様子はどこから見ても、絶望した大人そっくりだった(*2,3)

ボウルビィは、赤ん坊の泣き声は母親が戻ってきて赤ん坊を抱き上げる動機になることを見抜いた。さらに、泣いている時間が長くなるとエネルギーの無駄使いになり、かつ捕食者を引き寄せてしまうので、母親がすぐに戻ってこない場合にはひっそりと静かにしているほうが有益であることにも気づいた。

これらの発見は愛着理論として発展し(*4)、母子の絆の形成、および絆の形成がうまくいかなかった場合に発生し得る病的な影響を理解するうえでの基礎を形づくった。愛着が進化したのは、それが母親と赤ん坊の両方の適応度を高めるからだ。このことを見抜いたボウルビィは、進化精神医学の創始者の一人として認識されるべきであろう。

うつ状態には愛着に関連した機能がある

母親から引き離された赤ん坊の行動について、過去一〇〜二〇年でより明確な進化的視点から分析が行われ、「安定型」の愛着だけが正常であるとする考え方に疑問が呈された。状況によっては、「回避型」または「不安型」の愛着を示す赤ん坊の行動も、母親にもっと世話をさせる動機付けとして機能する可能性がある、というのだ(*5~7)。微笑んで可愛い声を出すだけではうまくいかない場合には、母親が去ろうとしたら延々と叫び声を上げ続けたり、戻ったときに冷たいそぶりをしたりするほうが、効果があるかもしれないからだ。

「生物心理社会モデル」という用語を作ったロチェスター大学の精神科医、ジョージ・エンゲルは、うつ状態には愛着に関連した機能があると主張した。エンゲルは、仲間からはぐれた子どものサルは、一つの場所に静かにとどまることでカロリー消費を抑え、捕食者に見つからないようにできると指摘した。彼はこれを「保存のための引きこもり(conservation-withdrawal)」と呼び、この状態が抑うつと似ていること、さらには抑うつと冬眠も似ていることを指摘した(*8,9)