「飲み干すのがマナー」はビール文化の邪道

そして3つめが「スロードリンクの推進」です。キリンによれば「食事のおいしさによろこび、ほどよく飲んで、スマートに心地よく過ごす」「これからの時代のお酒の楽しみ方」ということですが、これは日本のアルコール文化を変えていこうという話です。

キリンは日本のビール文化を作るのに力を入れてきた会社でもありました。私が社会人になった当時、麻布十番の近く、今でいう六本木ヒルズの蔦屋書店があるあたりにキリンが経営する「ハートランド」というバーがあり、そこでひとしきりキリンの社員の方からビール文化を教えていただいたことがあります。

要するに、昭和の時代にあったような「新入社員にまずビールを注文させて、飲めなくてもグラスにつがれたらビールを飲み干すのがマナーだ」といった企業文化はビール文化としては邪道であって、イングランドのパブのような粋な飲み方をする社会に変えていきたいのだというようなお話でした。

ボトルからそそぐビール
写真=iStock.com/Hyrma
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キリンが昔からそういう社会を目指していたとはいえ、飲み放題は財布にやさしい庶民の味方です。この飲み放題をなくすことにキリンはどれくらい本気で力を入れていくのでしょうか。キリンHDが経営方針に適正飲酒の啓発を盛り込み始めたのは2017年からです。

WHOが示した「アルコールの有害な使用の低減のための世界戦略」

ではなぜそうなったのか。実はこの流れの裏にはもっと大きなラスボス(?)がいます。それがWHOなのです。WHOは2010年に「アルコールの有害な使用の低減のための世界戦略」を採択しました。そこで加盟各国に対して具体的な10の領域における世界的な行動プランを示しています。

そのすべてを各国がのんでいるわけではありませんが、それでもアルコールをとりまく社会は少しずつ変わっています。日本においてこの影響を受けた政策を挙げると、まず飲酒にからむ交通事故の撲滅があります。日本の場合、飲酒運転が引き起こす事故はかなり減少してきました。一方でWHOによれば酩酊した歩行者が引き起こす交通事故もかなりの数に上り、飲酒運転の撲滅だけが問題ではないことが示されています。

次にアルコール入手の厳格化です。これもコンビニでビールを買う際の年齢確認のような形で社会に根付きはじめています。WHOの提言では、他にも青少年を害さないようなテレビCMへの配慮や、お酒の価格を上げることで使用量を抑えるような政策も示されています。

CMと価格の問題は日本ではたばこ業界で先行した施策ですが、アルコール業界の場合はまだ問題が残っています。たとえば日本市場ではストロング問題があります。アルコール度数が高いストロング系のチューハイのCMを繰り返し流すことで、飲みすぎる消費者を増やしています。価格についても、酒税の見直しはむしろビール価格を下げる方向に進んでいます。WHOの勧告といっても、国や業界全体ですべての案をのむという話にはなっていないわけです。