なぜフェラーリに数千万も払う人がいるのか

【楠木建】世の中では移動手段としてほとんど役に立たない自動車も売れていますね。

【山口】そうなんです。さらに上をゆくのが「役に立たない、意味しかない」という自動車で、例えばランボルギーニやフェラーリなどがその典型ですね。車体は巨大なのに人間は2人しか乗れず、荷物はほとんど積めない。

悪路が走れないのは当然のことで、車高が極端に低いので段差のあるガソリンスタンドにも入れない。つまり「移動手段として役に立つ」という点から評価すればまったく評価できない、単に爆音を出して突進するだけのシロモノなんですが、数千万円の対価を支払っても欲しがる人が列をなしているわけで、これは「意味的価値」にお金を支払っているということになります。

この「役に立つこと」から「意味があること」に価値の源泉がシフトしているというのは、いろんなところで見られる現象で、例えば昨今では家を新築する際に薪ストーブを入れたがる人が増えていますけど、これも同じですよね。

エアコンというきわめて効率的に部屋を暖めてくれる器具が備わっているにもかかわらず、あえて不便な薪ストーブを高いお金を払って入れようとする、というのも「役に立つ」から「意味がある」へのシフトとして整理できます。

「役に立つ」ものでしか世界進出できなかった日本企業

【山口】ちょっと大げさな表現をすれば、これは「近代の終焉」ということだと思うんです。「役に立つ」「便利にする」というのは、ここ200年くらいの間は必ず価値を生んだんですが、最近になって機能や利便性を高めても売れないという状況がいろんなところで発生しています。

これは日本にとって非常に大きな話です。というのも、日本企業の多くは「役に立つ」ことで世の中に価値を生み出してきましたから。

【楠木】トヨタやホンダ、パナソニックやヤマハといった昭和時代に確立したナショナルブランドはことごとく「役に立つ」。

【山口】そうなんですよ。日本企業でいち早く世界進出に成功した企業の多くは「役に立つ」という便益を提供することで成功しているんです。一方で「意味がある」という便益で世界進出に成功した企業となるとそんなにないんですね。

すぐに思い浮かぶのは、川久保玲さんのコム・デ・ギャルソンや、ヨウジ・ヤマモトといったファッションブランドです。

コム デ ギャルソン
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです

【楠木】ヨウジ・ヤマモトの服は普段着としては必ずしも機能的ではありません。僕は女性がヨウジの服を着ているのは大好きです。日本の女性をもっとも美しく見せる服ではないかと思っていますが、ユニクロで売っている服の10倍の値段で売られています。

【山口】欲しがる人にとっては「意味がある」ということですよね。僕が問題だと思うのは、ああいうデザイナーの輩出が1980年代以降はパッタリと止まってしまったということです。