平均年齢36.8歳で研究を始めたノーベル賞受賞者たち

成長とともに危険を冒さなくなる代わりに、私たちは創造性の一部を失っていく。もし社会が安定していて状況の目的(WHY)が変わらないなら、結晶性知能を備えた熟練者は効率的に活躍できるだろう。だが、世界は急速に変わり続けている。つまり時代とともにWHYも変化してしまうのだ。この変化に対応するには新しい方法(HOW)を取り入れる柔軟な流動性知能が必要だ。

太刀川英輔『進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)
太刀川英輔『進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)

しかし年をとるにしたがって流動性知能は減少し、信じているWHYもHOWも固定化するため、熟練者ほど、変化の激しい時代には適応できない。つまり、かつてないほど変化が激しく先の読めない現在の社会では、年功序列の組織では立ち行かず、変化に対応できる世代に危険を承知で意思決定の権限を与えたほうが良い結果を導くということだ。

2018年の日本の大手上場企業100社の経営者の平均年齢は、57.5歳。一方でアメリカの主要企業100社の経営者の平均は46.8歳。この差が、日本が高度成長期以降の変化に対応できなかった理由の一端かもしれない。アメリカと日本の平均株価を比べると、1990年代初頭はほぼ差がなかった。

しかしそれ以降は、日本株がほぼ横ばいなのに対して、この30年でアメリカ株は約10倍まで伸び、決定的な差がついてしまったのは、日本にとって本当に残念なことだった。

ちなみにノーベル賞受賞者を調べてみると、受賞した研究を開始した平均年齢は36.8歳だという。創造性が発揮される変異と適応の思考におけるベストバランスは、本来そのあたりの年齢なのかもしれない。

狂人型の思考と秀才型の思考の両立は難しい

キャッテルはたしかに、流動性知能は年を重ねるごとに減少すると指摘した。しかし先述したように、そもそも私たちは創造性の構造を理解しておらず、どんな教育が必要かもろくにわかっていない。つまり流動性知能を維持し、高めるための教育をまったく受けていないのだから、単純に年齢のせいにしてあきらめる必要はないのではないか。

もし私たちが変化への柔軟性を磨く方法を知らないだけなら、新しい教育を生み出すことで、老いてもなお新鮮な発想をする人を増やすことができるかもしれない。平均的ではないものの、実際に新鮮な思考力のまま生きている高齢者を私はたくさん知っている。

また結晶性知能が熟すのに時間がかかるからと言って、若者には物事が分からないと切り捨てるのは軽率だ。好奇心を持って観察する子どものなかには、大人も舌をまくような驚異的な知性を発揮する子がいることも私たちは知っている。物事の本質を理解するための教育があれば、結晶性知能のピークはもっと早く訪れるかもしれない。

創造性教育をアップデートするためにも、これらを両立する思考プロセスが知りたい。そう思って2つの思考の両立に挑戦してみると、これが口でいうほど簡単ではない。「流動性知能=変異的な狂人型の思考」と「結晶性知能=適応的な秀才型の思考」は、すぐに互いにつぶしあいを始める。

なぜなら秀才型の思考は、つねに狂人型の思考が集中を邪魔してくるし、狂人型の思考は、秀才型の思考の不自由に縛られるからだ。2つの思考の両立はなかなか難しい。そして問題なのは、これら2つの思考プロセスを考慮した教育が、現在に至るまでまったく重要視されてこなかったことである。