シナリオは完璧なはずだったが…
経済学のスタンダードな理論で考えれば、大胆な金融緩和の継続でマネタリーベースを増やせば期待インフレ率が上がり、円安と株高になる。結果、1年から2年で消費や輸出、設備投資が増え、実体経済が改善され、雇用増加につながる。ここまでは現実に起きていたのだ。
そして、実際のインフレ率も高まり、さらなる実需が出てきたところで、最後に賃金の増加に結びつくというシナリオだったはずだ。
景気に遅れて動く指数を遅行指数といって、給料もその一つなのだが、円安と株高で景気が好転しはじめれば、基本給ではなくても、まずはボーナスが増える。実際、その動きも起きていた。また、ローソンやセブン&アイなどの小売企業が、いち早く賃金の引き上げを宣言したように、非正規雇用者の賃金も先行して上がっていくはずだった。
景気が本格的に回復し、企業サイドがそれを実感できるようになれば、そこでようやく定期昇給が実現するわけだ。
「賃金上昇率はインフレに勝てない」という思い込み
ちなみに、インフレを不安視する人の中には「景気がよくなってインフレになると、賃金上昇率がついていかない」という人もいる。
これは、あまりに長く続いたデフレのせいで、「賃金がインフレに勝てない」というデフレ特有の現象を、常識として捉えるクセがついてしまったといえる。50代以上の人は覚えていると思うが、バブルの頃に100円の商品が20円や30円上がっても、「給料が追いつかなくなる」などと心配する人はいなかった。
金融緩和策が目指したロードマップとしては、実際のインフレ率と賃金は、理論的にはほぼ同時に上昇する。というのも、インフレ上昇が賃金上昇に勝った場合、企業は人件費(広義の原価)の上昇以上に売り上げが伸びる。「儲けすぎ」となって、企業側が本格的な景気回復を実感できるようになれば、賃金交渉の環境は生まれてくる。そこで企業が頑なにベースアップを拒めば、従業員はよそへ移ってしまうので、賃上げに応じざるをえない。
賃金が上がった従業員はそのお金を消費に回すので、インフレ率を押し上げる。したがって上昇は「ほぼ同時」ということになるわけだ。