作詞作曲の養分になった“コライト”
それから数週間後、岡嶋さんは誰もいないスタジオで突っ伏して泣いていた。
自分の力不足を思い知らされたから……ではなく、寂しかったから。自分でも「音楽の学校に入った16歳の時からなにも変わってない」とあきれながら、半年ほどは不安定な時期を過ごした。
「日本から行った時は、お客さんだからみんな優しいんですよね。でも、現地に行ったら同じ立場で、ある意味ライバルなんです。それに思った以上にひとりの時間が多くて、ルームメートも意地悪だったりしたから、想像していた生活とぜんぜん違うっていう気持ちもありました」
それでもコライトをしている時だけは時間を忘れて没頭し、毎日、毎日、新しい曲を作り続けた。事務所の手違いで労働ビザの取得が遅れ、ビザが下りるまで10カ月間、EU圏外に出なくてはいけなくなるというトラブルが起きた時は、イギリスやアメリカに飛んで、現地でコライトをした。
事務所が相手を紹介してくれることもあったが、コライトをした相手が「岡嶋かな多っていう面白い日本人が来てるから、コライトしてみなよ」と友人につないでくれることも多かった。
音楽業界は狭い。「OK、ウェルカム!」と迎えてくれたミュージシャンのなかには、今や世界的に有名なDJになったSigalaや、ロンドン出身の人気ガールズバンドLittle Mixの曲をほとんど作曲しているMaegan Cottoneもいたという。
今や、音楽業界で知らぬ人のいない存在に
無事にビザを取得してスウェーデンに戻ってからも、ひたすらコライトの日々。1年で500曲の作詞をしていた頃に聞いていたのはCDだったが、今度は欧州の第一線で活躍する作曲家と一対一の時間を過ごす。それがとてつもない養分になったのだろう。
日本の仕事を遠隔で続けていた岡嶋さんが携わった歌が、話題になる機会が増えた。
2014年、ドラマ「ディア・シスター」の主題歌で、オーストラリア出身の歌手シェネルが歌った『Happiness』がヒット。韓国の人気アイドル、少女時代のアルバム『LOVE&PEACE』では作曲家として名を連ね、同年の日本ゴールドディスク大賞でアジアのベスト5アルバムに選ばれた。
そして、冒頭のシーン。父親の体調が悪化したのを機に帰国した岡嶋さんは、2015年12月に開催された安室奈美恵のライブに足を運んだ。
そこで、自分が作詞した「REVOLUTION」を歌う安室奈美恵とCrystal Kayのパフォーマンスに圧倒され、心を揺さぶられながら、自分の進むべき道を確信。その覚悟が、岡嶋さんを飛躍させる最後のロケット燃料になったのだろう。
以来、次々と話題作の作詞や作曲を手掛け、今や、音楽業界で知らぬ人のいない存在になった――と書くと大御所感があるが、彼女はまだ37歳。「歌の世界で生きていく」と心に決めて、16歳から無我夢中で駆け抜けてきたから、今がある。