「音楽の仕事ならなんでもやりたい」

駆け出しの頃、この仕事は交通費別で1曲2000円。移動時間も含めたら時給数百円レベルになる。それでも岡嶋さんは「音楽の仕事ならなんでもやりたい」と、依頼があればふたつ返事で引き受けた。そこから、追い風が吹き始める。

岡嶋さんの仮歌を聴いた音楽事務所が、「この子いいね」と別の仮歌の仕事やバックボーカルの仕事をまわしてくれるようになった。さらに「この仮詞がいい」と、歌詞として正式に採用されることもあった。そのうちに仕事の単価が5000円に上がり、やがて1万円になった。

音楽業界でもうワンステップ上の仕事として、コンペがある。今回の取材で初めて知ったことだが、音楽業界、特にポップスに関しては曲も歌詞もコンペで決まるのが主流。ごくごく一部の有名作曲家、作詞家、あるいは音楽プロデューサーの場合は指名で仕事が入るが、それはかなりの知名度を得て、初めて得られるものなのだ。

岡嶋さんから聞いた、よくある仕事の流れを紹介しよう。まず、アーティストを抱えるレコード会社から依頼が来る。「この冬の代表曲になるようなクリスマスソングを」というふわっとしたものから、「新しく出る口紅のタイアップソングで、今までのアーティストの世界観を裏切るような大人っぽい内容で」というある程度具体的なものまで、その内容はさまざまだ。

ギター
筆者撮影
岡嶋さんがよく利用している恵比寿のスタジオに置かれていたギター

レコード会社が作詞家、作曲家それぞれひとりに依頼をしたら指名の仕事になり(例えば小室哲哉など作詞作曲をひとりで担う人も多い)、複数に声をかけた時はコンペになる。

「全敗すれば収入ゼロ」音楽業界の厳しさ

コンペは、レコード会社が選んだ数名で行われることもあれば、広く参加者を募ることもある。先に曲が決まる場合はその後に歌詞を、先に歌詞が決まる時は後から曲を募集する。多い時には、「夏っぽいテンポの早い曲を」という依頼に対して200以上の曲が集まり、そのなかからレコード会社がベストだと思うものを選ぶ。

ちなみに、コンペの時点でギャラは一切発生しない。100回のコンペに参加しても、全敗なら収入ゼロ。正式に採用されてから音楽出版社と印税契約を結ぶので、アーティストの作品として世に出された時に、はじめて収入を得る。

印税契約とは、簡単にいうと1曲売れるたびに一定の割合の金額が作詞家、作曲家にシェアされること。どれぐらいの割合になるのかはケースバイケースだが、調べてみたところ、CDで楽曲をリリースする場合、平均的には販売価格の1.5%程度が作詞家と作詞家、それぞれの収入になる。

音楽プロデューサー・岡嶋かな多さん
筆者撮影
音楽ビジネスについてもイチから教えてくれた

1000円のCDなら1枚売れたら15円、100万枚なら1500万円。作詞作曲をひとりで担えば、これが3000万円になる計算だ。これに二次使用料も加わる。最近の楽曲は配信もされるので、ストリーミング再生数、ダウンロード数なども加算される。