ちなみに、法人税の国際協調とゲーム理論との関わりは、生まれて初めてわたくしが国際誌に発表した論文のテーマだった。50年以上前のことだが、その頃からの議論の経緯を今でもわたくしはよく覚えている。当時、ゲーム理論が経済学に応用されるようになっていた。
だが、応用されるところが、数理経済学(数学的手法を用いた分析がなされる経済学)の均衡解の存在の問題など抽象的問題に偏っていた。ゲーム理論はそもそも、相手の行動に依存して行動する人間を科学にしようとする試み。わたくしはお互いの行動が直接相手に影響する少数の主体の行動を分析するのがゲーム理論の持ち味だと考え、特に各国民の生活に関係する経済政策の戦略的依存関係の分析が、経済学への応用に役立つと考えた。
いざ実行となれば誰も進んでやらない
わたくしの論文では、投資主体国(例えば産業発展国)と、被投資国(例えば保税区・自由貿易地域)が自由に課税するのでは、資源配分がゆがめられることを示した。通常、投資主体国の税率のほうが被投資国よりも高い。そのような税率の差は、世界にとって被投資国の側に過剰な国際投資を導く傾向を生む。
経済学者ペギー・マスグレイブは、両国の間で、相手国で支払った税額分を自国の税額から控除するという二重課税防止条約を結べば、両国の間での資源配分のゆがみはなくなると説いた。
他方わたくしは、国々がゲーム的に行動するとしたら、被投資国は、投資主体国の法人税率にできるだけ近づけるが、それより低い税率を課すのが利益を最大化するのに有利だという結果を導いた。しかし、マスグレイブの場合と同じく、その実現のためには、被投資国の側にとっては気の進まない条約に調印しなければならない(利益最大化のために法人税率を投資主体国の税率にできるだけ近づくように上げてしまえば、税率の低さを争うグローバル競争で不利となり、結果として税収が減る恐れがある)。
このことは、バイデン大統領の提案についてもいえる。例えばアイルランドが、自分に少し不利益でも、あるいは提案を修正されたかたちでのむということになれば、法人税率の国際協調が先進国間では達成されたことになる。それだけでもバイデン=イエレンの経済外交は大成功ということになろう。さらに被投資国諸国が歩み寄りを示せば、先進国の財務当局は万々歳であろうが、わたくしはそこまで楽観してはいない。
イソップ物語のネズミが猫に鈴をつける話のように、相手に不利なルールを合意させることができれば万事めでたしということであるが、うまい交換条件なしには「法人税の国際最低税率」の実現は難しい。