かつては「初任給差別」が存在した

もう一つの日本の男女賃金格差の原因である性別役割の固定化と就社型雇用システムは相当に根が深い問題だ。

男女雇用機会均等法(雇均法)によって女性社員に対する採用・昇進・評価やマタハラなどの差別は許されなくなっている。しかし、少なくとも1980年代までは女性は入社しても長く勤務することはなく、結婚・出産後に家庭に入るものという風潮がずっと続いてきた。

いわゆる男性が外で稼いで、女性は専業主婦として家庭を守るという性別役割分業意識が企業文化として広く浸透していた。もちろん退職して専業主婦になることは決して悪いことではない。最大の問題は厳然とした男女の賃金差別が横行していたことである。

1970年代に大手繊維会社に入社した元人事部長はこう語る。

「私が入社した1970年代から80年代にかけての女性社員の賃金はメチャクチャ低いものでした。紡績業なので当時は中卒、高卒の女子を多く採用していたので、他社との競合もあるので初任給の設定には気を遣っていましたが、大学卒の女性には全然神経を使うことはありませんでした。事務職で採用する大卒女性は少なかったこともありますが、高卒初任給にちょっと毛が生えた程度の給与で、男性大学卒より3割程度低かったと思います。その背景には当時の女性は何年かしたら辞めていくので、その程度でよいという暗黙の了解があったように思います」

今から考えると信じられないような話であるが、初任給差別が存在した。それだけではない。入社後の給与の上がり方も違った。

昇格、昇進の差別

「ベースアップ分と定期昇給で毎年昇給するのは男女同じですが、大卒の男性は3年後に給与等級が一段上に上がります。つまり主任に昇格するのですが、女性はそのままです。男性は等級に応じた定期昇給の金額も増えるうえに主任手当もつきます。そして入社8年目には係長に昇格し、さらに給与は上がっていきますが、女性は据え置かれたままですから、男女の給与格差はどんどん開いていくことになります」

入社後は男女ともに賃金は上昇していくが、女性は緩やかな賃金カーブを描くのに対し、男性は年齢とともに上昇カーブを描き、格差が拡大していく。給与格差の原因は明らかな昇格・昇進差別にあった。

その差別の構造は1986年に雇均法が施行されて以降もしばらくは変わらなかったという。当初の雇均法は採用・配置・昇進などの性別を理由とした差別を禁止していたが、努力義務にすぎなかった。1999年の改正でようやく義務化されることになる。

「雇均法以降、女性も昇格するようになりましたが、それでも男性に比べて昇格も遅かったし、何より幹部の意識が低かった。上司の人事部長は『さあ、これからは男女雇用均等の時代だ。公平に扱わなくてはいけない』と公言していました。でもその部長は『これからは皆で交代で机を拭くからな、お前たちも拭け』と、率先して雑巾で机を拭いていました。私などは『これまで女性がやっていた拭き掃除を男がやるだけで、どうして男女均等なのか』と思いましたね。結局、その程度の認識でしかなかったのです」(元人事部長)