アパレルの会社でも、ロジスティクスの会社でもある

ペロトンは2012年に創業されました。現在は、創業者の1人のジョン・フォーリーがCEOを務めています。彼はハーバード・ビジネス・スクールを卒業し、米国最大の書店チェーン、バーンズ・アンド・ノーブルのEC部門責任者を務めたという経歴の持ち主です。彼のカスタマーエクスペリエンスにかけるこだわりは相当なものです。「SaaS+a Box」というビジネスモデルを選んだ理由の1つも、そこにあります。

フォーリーがカスタマーエクスペリエンスにかけるこだわりの強さは、ペロトンの事業領域の広さにも表れています。同社の「上場目論見書」では、10の機能を持つ会社として自社を定義しています。すなわち、テクノロジー、メディア、ソフトウェア、プロダクト、エクスペリエンス、フィットネス、デザイン、リテール、アパレル、ロジスティクス、です。

フィットネスバイクの会社がアパレルでもあり、ロジスティクスでもあるとは、どういうことでしょうか。不思議に思われるかもしれませんが、これは紛れもない事実です。ペロトンは、フィットネスバイクを購入するところから派生する顧客の欲求を満たすため、幅広い領域の事業を手掛けているのです。

「Saas + a Box」でフィットネスバイク事業をアップデート
画像=『世界最先端8社の大戦略』
ペロトンの公式サイト。番組を見ながら体を動かす女性
画像=ペロトン公式サイト
ペロトンの公式サイト。番組を見ながら体を動かす女性

カスタマーエクスペリエンスのために垂直統合を実行

つまり、こういうことです。まず上質なフィットネスバイクを開発(プロダクト、デザイン)します。また有料会員にストリーミング番組を提供し、エクササイズ・ミュージックも提供します(フィットネス、ソフトウェア、メディア)。そのためにペロトンは2018年に音楽配信会社を買収しました。エクササイズにはスポーツウェアや水分補給のためのボトルなどが必要です(アパレル、リテール)。それらを配送する物流網も不可欠です(ロジスティクス)。

ペロトンはテクノロジー企業でもあります。そこで得られた顧客情報(ビッグデータ)はAIで分析され、顧客のニーズをくみ取り、顧客に合ったプログラムをレコメンドします。「フィットネス業界のネットフリックス」とは、ペロトンのことです。

これらの事業が垂直統合されている点も見逃せません。音楽もロジスティクスも、ペロトンがすべて一気通貫で提供しているのです。

特に私が驚いたのは、自社の配達員が顧客に対してフィットネスバイクのセットアップ、ハード・ソフトの使い方まできめ細かく説明する、という話です。なぜ、そんなことをするのでしょうか。経済合理性という視点だけなら、SaaSの企業がわざわざハードを手掛ける必要も、ロジスティクスまで自前で行う必要も皆無です。

しかしペロトンは垂直統合を実行しました。なぜなら、それが優れたカスタマーエクスペリエンスを提供するために最適な方法だったからです。垂直統合というと生産性向上ばかりを目的にする日本の大企業とは、発想が違うのです。