「あ、妹は死んでません。ただ…」

「それにしても、きみはなんで入院しているの? ああ、先にぼくのことを話そう。ぼくは教会の牧師や園長をしていたんだけれど、その、まあ……キレちゃってね。

職場で大声で怒鳴り散らしちゃったんだよ。知能テストと医者の診察の結果によると、どうやら発達障害らしいってさ」

「ぼくもそうです。発達障害です。妹を金づちで殴っちゃって。テレビのチャンネル争いをしていたんですよ。それで腹が立って。殴ったあとは彫刻刀握って、自分の部屋に閉じこもりました。

ベッドの上で、両手には彫刻刀を持ってね。あと、部屋にはガスガンの拳銃やマシンガン、ナイフもたくさんありますから。立てこもってやろうと思って。そしたら親が警察呼んじゃって、強制入院させられたんです。

あ、妹は死んでません。ただ、今回のことですごくショックを受けてしまったみたいで……。ちょっとおかしくなっちゃって、今は別の施設に保護されています」

マレのおだやかな語りと、その内容の壮絶さとのギャップに、わたしはどう相槌を打ってよいのか分からなかった。

マレはとても丁寧な敬語を遣う。表情もおだやかだ。ただ、活舌が悪いので、ときどき聴き取れないこともあった。彼はそのことを気にしている。

「ぼくの言葉、聴きにくいですよね。小学生のときから発達障害の薬をたくさん飲まされて。舌がうまく回らないんですよ。それが恥ずかしくて……」

どの少年や青年にも共通していたこと

食後にトレイを看護師に返すとき、交換で看護師が患者に薬を渡すのだが、たしかに少年の薬は何錠もあった。

薬を手に取る
写真=iStock.com/simpson33
※写真はイメージです

薬を飲み残さないか確かめるため、患者は看護師の前で服薬し、舌を出して看護師に見せる。マレもそうしていた。わたしはといえば、服薬にまつわるこんなささいなことさえ、嫌で仕方なかった。監視されなくても飲むよ! いちいちストレスがたまった。

自由の重さを初めて体験したのだと思う。少年たちはわたしに興味津々だった。どこへ行くにもついてくる。牧師で、園長もしていた、いわば彼らから見て最も遠い存在であるはずの「先生」という仕事をしていた人間。

そんな人間が今、目の前に自分たちと同じ患者として入院していることが不思議でたまらないのだろうか。彼らは折を見てはわたしに話しかけてきた。

彼らの境遇はさまざまであった。どの少年や青年にも共通していたのは、親の度重なる結婚と離婚だった。彼らの親のなかには、6回離婚と再婚を繰り返した人もいた。どの少年や青年も親権はみんな母親にあるので、「一貫した」親は母である。

しかし、母親が再婚するたびに環境は激変する。親が再婚するごとに、日本中を転々としたキヨシ。母親はぜんぜんかまってくれず、いつも新しい男に夢中。キヨシは家族団らんも、母親とのゆっくりとした時間も知らない。