ホンハイとアリババは「蜀」だった
【安田】劉備と関羽・張飛らの部下たちが濃厚な情で結びついていた蜀漢政権の姿は、現代の中華圏の企業を考えるうえでも参考になります。たとえば、台湾に鴻海精密工業(ホンハイ)という巨大なメーカーがあり、中国にも多数の工場を展開しているのですが、あそこの中心は「侠」の世界に近いようです。
【渡邉】シャープの親会社ですね。
【安田】はい。創業者のテリー・ゴウ(郭台銘)は、もともと大学も出ていない町工場のおじさんで、関帝(関羽が神格化された神。軍人や商人、秘密結社などで信仰されることが多い)を非常に熱心に信仰している。会社が成長してからも、創業当時から経理をやっているおばちゃんの夫婦のような、そうした人たちがホンハイのコアを占めています。対して、現代版の「名士層」といいますか、シリコンバレーでバリバリやってきたようなエリートは、三顧の礼を受けて幹部待遇で迎えられても、ホンハイでは長続きしないんです。
【渡邉】劉備と関羽・張飛の人間関係の世界には、諸葛亮では入り込めない。実に蜀っぽいですね。
【安田】中国のIT最大手であるアリババの中枢部も「侠」的です。アリババは1999年2月にアパートの一室で誕生したのですが、創業者のジャック・マー(馬雲)を含む当時の創業メンバー18人には「十八羅漢」という『水滸伝』さながらのあだ名がついています。この十八羅漢の多くは、アリババの時価総額が世界トップ10に入った現在でも、アリババと関連会社の幹部陣として残り続けている。絶対に裏切らない関係ということでしょう。
【渡邉】「十八羅漢」とはね(笑)。
【安田】ジャック・マーは大卒の元英語教師なので、テリー・ゴウよりも知識人の感覚を理解していると思いますが、三国志演義や水滸伝に影響を受けたことをみずから語り、本人の主演で武侠映画を作ったりしています。「侠」的な世界へのあこがれがあるのは間違いないでしょう。
【渡邉】さすが、中華の人々は変わらないですね。私たち日本人みたいな、大文明の傍らに生まれた文化圏は常に変わらなくてはいけない……。アメリカを賛美したり、中国にくっついたり、忙しくて大変ですよね。しかし、中国やインドは根っこの部分でなにも変わらない。うらやましい限りですよ(笑)。
(後編に続く)