ワインスタインは逮捕・起訴され、23年の実刑判決に
取材は女性記者ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーが担当。2人が共著『その名を暴け』(新潮社)の出版前に同紙とのインタビューで語ったところによれば、一番大変だったのは被害者の説得だ。2人が説得に際してよく使ったフレーズがある。
「あなたの身の上に起きた悲劇は取り消せません。でも、私たちに協力して真実を語ってくれれば、同じような悲劇が繰り返させるのを防げます」
それでも2人は被害者から実名告発の同意を得るのに苦心した。実のところ、スクープ掲載日(2017年10月5日)の数日前になっても実名告発を決意した被害者は一人に限られていた。調査報道に定評のあるニューヨーク・タイムズ紙が十分な証拠を集め、全面支援を約束していたのに、である。それほど実名告発のハードルは高いということだ。
その後、ワインスタインはどうなったのか。報道がきっかけになって捜査当局が動き出したことで逮捕・起訴され、2020年3月には23年の実刑判決を言い渡されている。
マリエの告発は「芸能界でよくある話」ではない
日本の芸能界でもかねて「枕営業」のうわさがある。そんななか、吉本興業を代表する芸人であった紳助をめぐって実名告発に名乗り出る女性が現れたわけだ。「芸能界=ハリウッド」「吉本興業=ワインスタイン・カンパニー」と見なせば、ここにはワインスタイン事件と同じ構図がある。
大きな違いが一つある。マリエは孤立無援なのだ。大手メディアから完全に無視され、ネットや週刊誌上で話題になっているにすぎない。なぜなのか? 大手新聞社で社会部経験のある現役ベテラン記者に匿名を条件に聞いてみたところ、新聞界は以下の理由で消極的であるという。
第一に、「われわれは次元の高い問題を扱っている」というゆがんだプライドを持っている。そもそも芸能ネタにニュース価値を見いだしておらず、枕営業は仮にあったとしても下品であり論外と考えている。
第二に、ジェンダー問題に対する感覚がマヒしているため、時代に追い付けていない。マリエの告発は「芸能界でよくある話」ではなく、女性の人権に直結するテーマであるのに、人権問題として取り上げる発想に至らない。
第三に、調査報道に真剣に取り組んでいない。「マリエはうそをついているかもしれない」と考えて訴訟リスクを気にしている。自ら証拠を集める気概を欠いている。だから「警察が動いた」「刑事告発が起きた」といった“事実”を得られなければ、何も書けない。