バスや電車に乗ると「業務中に水分補給をすることがあります」という貼り紙を見かけることがある。この掲示にはどんな目的があるのか。文筆家の御田寺圭氏は「『業務中に水を飲んで休んでいた』と通報する人がいるからだろう。そんな『善意』が日本社会を息苦しいものにしつつある」という――。
2015年11月20日、伊勢神宮に向かうバスの運転手
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「連絡」する人は善かれと思ってやっている

私たちが暮らす社会は、すばらしい「善意」であふれている。

——そう、たとえば、どこかの会社の従業員が、仕事をせず外でサボっていないかどうかを逐一チェックして、わざわざ事務所に「報告」してくれるような、心温まる「善意」で。

夏場にバスや電車に乗ると「乗務員が乗務中に水分補給をさせていただくことがあります」とか「乗務員が脱帽していることがあります」といった、一見するとなんの目的で出されているのかわからない、不思議な告知を見かけることがある。業務中の熱中症リスクに万全の対策をしておくべきであることは言うまでもなく、水分補給もクールビズも、今日では強調されるほどのことではなくなっているはずなのだが。

こうした告知がなされるのは、「仕事中に水分補給している」「職務中に脱帽している」といった様子を目ざとくチェックして「あなたの会社の従業員が、隠れた場所で職務怠慢をはたらいているのではないか」「社員教育が十分ではないのではないか」などと「善意」の通報を行う人が後を絶たないからである。

公務員の退勤時刻「ちょろまかし」騒動

千葉県船橋市で、勤務時間をたった2分ほど「ちょろまかした」ことが発覚してしまい、大勢の職員に対する処分が行われた事件があった。

千葉県船橋市の職員4人が、帰りのバスに間に合うように定時の2分前に退勤し、別の職員に定時で打刻させる行為を繰り返していたとして処分を受けた。定時の退勤ではバスに間に合わず、次のバスまで30分待たなければならない事情があったという。公務員による不正行為への批判がある一方で、専門家からは働きづらさの改善を求める声も出ている。
(中略)
キャリアもあるベテラン職員らが、たった2分を我慢できずに不正行為を続けたのには「ある理由」があった。
市教委によると、職場の勤務時間は午前8時45分から午後5時15分。だが、定時の退社時間直後のバスの出発時刻は午後5時17分で、職場からバス停までは歩いて4分ほどかかるため、定時の退勤では間に合わない。次の5時47分発のバスを待たないといけないという。
AERAdot.『バスに間に合わない…2分早く退勤し続けた市職員に13万7千円の返金請求は妥当?同情の声も』(2021年3月11日)より引用

本件は大きな話題になり、「たった2分で目くじら立てるな」「たとえ2分だろうが重大な職務違反だ」と、処分についての賛否が分かれて激しい論争が発生した。