周囲から理解されなかった出井元社長のコンセプト
ジョブズはソニーというか盛田昭夫さんが大好きで、尊敬していたというのは有名な話です。特にiPodは新時代のウォークマンと言っていいし、音楽を外で聴けるようになるというソニーのアイデアを極めて洗練させた形で打ち出しました。
彼はいかにしてインターネット時代に適合したものにするかを考えていた。だから、ダウンロードしたデータで持ち歩くという発想になるんですね。出井さんが考えていたのも基本的には同じで、アップルのようにウォークマンとインターネット、そしてデータを統合するという道は見えていたはずです。だけど、できなかった。
【田原】そこが問題だ。なぜできない。
【冨山】当時のソニーも、創業から60年以上を経過した日本の古くて大きいメーカーの体質を引きずっていたということではないかと思います。日本の古い会社だと、○○担当取締役という出世ポストがあり、たくさん取締役がいますよね。たとえばぱっと考えるだけでも、音楽部門からすれば、まだまだ売れていたCDの売り上げを死守したいとか、もっと最高の音質でウォークマンを作りたいとか部門ごとにいろいろな思惑が働きます。
各々の思惑があるなかで調整しないといけないという問題がやはり出てきます。よく言えば、民主的なのかもしれませんが、同質的な集団の中で既存のゲームを全否定するような根こそぎイノベーティブな意思決定ができるかといえば、それはできません。
出井さんが先を予見していたというのは間違いなくて、彼は当時「デジタル・ドリーム・キッズ(Digital Dream Kids)」というコンセプトを打ち出していました。このコンセプトの意味を当時ほとんどの人が理解していなかったように思います。ソニーの内部できちんと理解されていれば、その後の長期低迷はなかったでしょう。
「デジタル・ドリーム・キッズ」を率いたアップルが成功した
出井さんは、これからデジタル技術で世の中がかなり劇的に変わる、いろんなものが根こそぎ変えられてしまい、野球がサッカーに変わるくらいのゲームチェンジが起きる、と予見していたと思います。
そうなった時に、これからの時代を引っ張るのは、野球で育った人たちではなく、デジタル技術に目を輝かせて、それに飛びついていた若者たち。それはユーザーとして飛びつく若者たちもそうですし、ベンチャーを立ち上げるという若者たち、新時代のソニーに飛び込んでくる若者たちも含まれます。
こうした新人類が牽引する世界になるんだというのが「デジタル・ドリーム・キッズ」というコンセプトだったんです。2021年の今、リアルなデジタル・ドリーム・キッズ、あるいはデジタル・ドリーム・キッズのメンタリティを持っている人々が世界中で大活躍していて、その一部がGAFAを作り、GAFAを支えています。