「きつい、帰れない、給料が安い」……敬遠される3K診療科
また、2004年(平成16年)4月からスタートした新しい医師臨床研修制度では、診療に従事しようとする医師は2年以上の臨床研修が義務づけられました。そのいっぽう、学生がみずから研修先を選択するマッチング制度が導入され、試験でそれほど優秀な成績を修めなくても、著名な病院で研修医になれるチャンスが増えました。
医師を目指す側がみずから進む診療科を選ぶ時代になり、「きつい、帰れない、給料が安い」=「3K」といわれていた外科医を敬遠するようになったり、訴訟リスクのある診療科や、緊急診療の多い産科や小児科を避けたりするような傾向も強くなっています。
私はスタート時点から強い思いがあって心臓外科医になりましたが、今は開業医でも勤務医でも研究者でも、“思い”とは別の思考である、「自分のためのキャリア形成」という考えで進路を選ぶ若手がほとんどです。
さらに、安定した職場で無理せずそこそこ働いていれば食いっぱぐれることはないと、「寄らば大樹の陰」のような考え方をしている若手医師も増えています。そんな医療界の現状が歯がゆいのです。
若者に期待したい「突破力」と「誠実さ」
強い思いで徹底的に自分を追い込み、「結果を出せる医師になってやろう」と突き進んできた私のような「貧しい世代の医師」とは、考え方が違ってしまうのは当然です。しかし、そうした状況であっても、
「自分たちが新しい医療をつくり、新しいステージを見つけ出す」。そんな気持ちで「突破」し、先輩たちをどんどん追い越してほしいのです。
そんな突破力を育むために必要なことはなんだろうと、ずっと思いをめぐらせてきましたが、一番大切だと感じているのは「誠実さ」です。
私も若い頃に、先輩医師たちを突破しなければならない状況が何度もありました。そこでは、自分を徹底的に追い込んで、世代の違う医師たちとも闘ってきましたが、結局は患者さんとの信頼関係を築くことが何よりも必要なのです。
決して背伸びして虚言を用いることはせず、今できる最善の医療をたしかなかたちで提供する。さらに、それを患者さんに押しつけるのではなく、受け入れてもらうための努力が必要で、「聞き上手」にならなければなりません。そのうえで、患者さんの話をどう受け止めて、どのように本人が希望する医療を提供していくのかを考え、丁寧かつこまめに対処しなければなりません。
早く私たちを追い越していけ!
さらに、医療安全が重視されている今の時代、医師は、一般的な社会のルールに加えて医療のなかのルールをしっかり把握したうえで守ることが絶対条件です。
これは、手術の技術と同じように、誠実に経験を積んできた医師と、若手医師とでは圧倒的な差が出てきます。
かつては、情熱だけで患者さんの信頼を得られていた時代がありました。私もそういうタイプの医師でした。しかし、今は情熱だけでは医療のリスクを払拭できませんし、患者さんの信頼も獲得することはできません。
つまりは、誠実さ、知識、経験に加え、医療安全やEBM(科学的根拠に基づく医療)に則ったルールに沿うことが重要です。そこまで身につけた医師が、いずれ先輩医師に追いつき、追い越していくスタートラインに立てるといえるでしょう。