田中角栄元首相は、今も根強い人気を誇る。それはなぜか。長編ノンフィクション『ロッキード』(文藝春秋)を出した作家の真山仁氏は「いまは政治家を好き嫌いや善悪で見る傾向がある。ただ本来、政治家の評価は、結果を出したかどうか。その点で言えば、角栄は結果を出した」という――。(第1回/全3回)
『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
ロッキード』を出した小説家の真山仁さん

元総理大臣の逮捕、忘れられない当時の違和感

——田中角栄に改めて注目した理由を教えてください。

田中角栄が総理大臣に就任したのは、私がちょうど10歳だった1972年です。幼い頃から政治や社会問題に関心を持っていた私にとって、角栄の存在感は特別でした。

角栄は「今太閤」「コンピューター付きブルドーザー」などと呼ばれ、内閣支持率は62%に達しました。戦後以降では突出した支持率を記録しました。当時も政治家と言えば、世襲か、名門大卒の高級官僚出身がほとんどで、角栄のように高等小学校卒は珍しかった。角栄は学業優秀でしたが、父の借金があり、進学を諦めざるをえなかった。貧しい環境に育ちながら戦中に建設会社を興して戦後のどさくさに成り上がり、庶民階級として、はじめて総理大臣にまで上り詰めた。

私の両親もそうでしたが、庶民たちは、自らの才覚だけを頼りにのし上がった角栄に対する憧れや畏敬の念、そしてシンパシーを感じていたのだと思います。

しかしわずか4年後、昭和最大の疑獄であるロッキード事件で逮捕されてしまった。中学1年生だった私は、違和感を覚えました。ロッキード社の元社長のコーチャンが「飛行機を購入してもらうために、日本の政治家や官僚にわいろを渡した」と証言した。アメリカ人の彼は罪を逃れたにもかかわらず、なぜ日本の総理が逮捕されるのか。何かがおかしいと子ども心に憤ったのを覚えています。

なによりも数年前に「今太閤」「平民宰相」とあれだけ持ち上げていた首相を、手のひらを返したように、貶めるのか、と。オイルショックやインフレで国民の不満がたまっていたとはいえ、世論の恐ろしさを意識した、はじめての経験だった気がします。