世界最速ワクチン接種の理由

なぜイスラエルでこれほど迅速にワクチン接種が進んだかについては、既に様々な指摘がある。

クリニック内の待合室。「予防接種して勝つ」「私もコロナ予防接種済」等の標語(筆者提供)
クリニック内の待合室。「予防接種して勝つ」「私もコロナ予防接種済」等の標語(筆者提供)

もちろん、短期間に多くのワクチンを確保できたことが理由の一つだが、その前段階として、国民の中に「ロックダウンの繰り返しは、ワクチンあるいは特効薬開発までの時間稼ぎに過ぎない」というコンセンサスがあったことが大きい。

いくら厳しいロックダウンをしていても、ユダヤ教超正統派地区には、宗教的な集会を続ける人々が存在する。彼らは人口の10%に過ぎないが、連立政権のキャスティングボードを握っているため、政府も強硬な措置が取れない。

またアラブ人居住区でも、イスラエル政府の方針への不信感や、伝統的生活の価値観が強いため、長期の厳しい集会制限は不可能である。さらに、宗教的な価値観からは比較的自由なユダヤ教世俗派の人々も、ロックダウン下であっても(主として反政府)デモを行う政治的集会権だけは死守しており、いつまでも移動や集会の自由の制限が続けられないのは自明であった。

仮の接種済み証明書と腕輪(筆者提供)
仮の接種済み証明書と腕輪(筆者提供)

ロックダウンによって収入が絶たれた自営業者への補償は十分でなく、「規則に反して宗教的集会を続ける人々がいるのに」との不公平感が高まり、こっそり、あるいは確信犯的に開店する小売店も後を絶たなかった。

さらに昨年末、非常にうまくコントロールしているように見えたドイツでも感染が急増し、ロックダウンに入ったという報道があり、「ドイツですらできないのであれば、イスラエルではもはや政策による感染の封じ込めは無理であり、ワクチンの導入しかない」という気運が醸成されていた。

その結果、事前の世論調査では「ワクチンは信用できない」とか「様子見だ」という人が半数ぐらいだったのだが、いざ始まってみると予約が殺到してシステムがダウンしたのは前述の通りである。汚職裁判や総選挙を控えたネタニヤフ首相が、自分の力量を見せて人気を回復するためにこのワクチンプロジェクトを利用しているのは明白であっても、それとワクチンの効果への期待は別なのであった。