社長になった現在、私は社員たちに対しても「自分たちがつくった商品を、最初に自分で使え」と言っています。「使って、使い方まで提案しなさい」と、うるさく言っています。自分たちがこれまでにつくったもの、経験したものの中からこそ、リコーのこれからの新しいビジネスも生まれてくるはずだと考えているからです。

経営のトップには、MBAの資格を持つ人や、若いときから将来の幹部候補として英才教育を受けた人も少なくないでしょう。しかし、私の場合はそういうものとは無縁でした。むしろ、それがよかったと思っています。ビジネススクールなどで学ぶことは、結局は、過去の事例研究で、いわば冷めた加工食品です。

また、経営書等を読んで、受け売りでものを言うのも、私は得意ではありません。ただ、社長就任が決まってから発表までの間に読んだドラッカーの著書にはおおいに感銘を受けましたが。

それはともかく、私は、常に新鮮な現場、実際の体験からこそ学びたいと思っているほうなのです。自分自身で動いて自分自身の手で直接得たものを糧にしたいと考えているのです。

しかし、生野菜だけ食べてベジタリアンになろうと思っているわけでもありません。人間の体を形成するには、さまざまな栄養が必要です。各種の成分を幅広く吸収しなくてはなりません。

「現場を担っている人こそいちばん知っている」と述べましたが、知っていることと未来をつくることとは違います。

現実を知っていて、その範囲の中で物事を回しているのと、この中から次にどんなことがやれるかと思考を飛翔させることとは異なります。後者のためには「勉強」だけではなく「研究」も大切です。 何が本質的な問題点なのか把握するには、やはり研究が必要になってくるのです。新しいものは、その研究の中から生まれてきます。

ゴルフでダフってしまうのを直すときに必要なのは、スイングそのものを直接修正することではなく、一見、無関係そうな、アドレスの位置を変えることだったりします。現場で直接学ぶことと、未来のための研究には、そのくらいの違いがあることもまた知っておく必要がありそうです。リコーでは現在、米国のサンノゼで、ある研究を進めています。どんなオフィスで働いている人がどんな行動をしているか、1日つきっきりで追いかけて分析しているのです。その中から問題点を探り、未来に繋がるビジネスを見つけようとしているわけです。