そのため、地方出身者が都市で不動産を購入するには、その都市の戸籍を有する人と結婚するか、都市の戸籍を有する人の養子になるか、何年もその都市で働いて、自力で諸条件をクリアするしかなかった。自力で購入する人の中には、毎月の高額なローンの支払いに苦しみ、冒頭で李さんが話していたような「不動産奴隷(中国語では房奴)」になってしまい、毎日の食費を削るような人も出てきて、社会問題になったこともあった。
これまでになかった転勤や転職も増えた
しかし、最近は、こうした不動産の高騰や戸籍に関する問題だけでなく、働き方の多様化やライフスタイルの変化、中国人式の「メンツ」にこだわらない生き方をする若者が現れている。不動産が欲しいけれど買わないのではなく、あえて自分は賃貸を選ぶという積極的な賃貸派が増えてきたのだ。
働き方の多様化とは、例えば、以前なら、上海市出身者は上海で就職し、上海で同じ上海人と結婚することが一般的だったが、現在はそうとは限らなくなった。北京の大学に進学し、そのまま北京の企業に就職したり、深圳の企業に就職したりすることもある。大学で出会った人が四川省の出身で、その人と結婚したら四川省に住むこともある。
日本では、当たり前すぎるほど当たり前のことだが、中国では急速な経済発展により、10年前よりも人の移動が激しくなり、生まれた場所以外のところに(一時的な場合も含めて)住み、その土地でさらに転職するなど、これまでになかった状況が生まれた。
ライフスタイルやお金の使い道も変わった。従来の中国人なら、一流大学を出て、政府や一流企業に就職し、30歳になるころまでに結婚。結婚と同時に新居を購入し、子どもを産むことが理想的で、それが育ててくれた両親への恩返しだったし、自分のメンツも立つ「中国人として立派な生き方」だった。
中国人の「常識」が変わり始めている
だが、競争激化により思うような企業に就職できなかったり、結婚相手が見つからなかったりして、そうしたオーソドックスな生き方ができなくなってきた。加えて、そういう親が望むような生き方をしても、必ずしも自分自身が幸せを感じられないと考える人が、若者を中心に増えてきたのだ。
不動産を買うのは、確かに今でも中国では立派な人間かもしれないが、そういう旧来の考え方に賛同せず、自分で稼いだお金は、自分の視野を広げる海外旅行や趣味に使ったり、家族で美味しいレストランに行ったりするなど、別のことに使いたいと思う「自分は自分」という考えが芽生え始めている。
このような流れもあり、近年は賃貸物件も増えてきており、市場では以前よりも不動産を借りやすい状況になっている。以前なら、上海市で何軒も不動産を所有している家主を誰かに紹介してもらい、その人と直接契約するなどの方法が主流だったが、今では日本と同様に、町の不動産店や、不動産店のアプリで物件を探して見学に行くなどの方法が増えている。
今後、「結婚後も肩ひじ張らず、ローンに縛られず、別に賃貸のままでいい」と考える李さん夫婦のようなニューファミリーや、結婚を望まない独身者が増加することを考えると、この20~30年、中国人が「常識」だと思ってきた不動産を持つことに対するこだわりや考え方は大きく変わっていくのではないか、と予感させられる。