聴力の低下は脳の老化を進める

人間にとって他人との交流が一番大事なのに、人に関わるのが億劫おっくうになり、何事にも引っ込み思案になります。行動を自ら制限し、その範囲を狭め、運動不足になります。つまり意欲が衰え、感情と知能への刺激が減り、すべての活動が低下して、脳は老化していくのです。

脳の健康という観点から言うと、聴力低下は脳に与える刺激を減らすのみならず、人間の社会生活を制限し、孤独感を深めてしまう原因です。行きつく先は、社会的孤立です。前述の『ランセット』の論文の「難聴9.1%」には、このような多くの要素が含まれていると考えられます。

加齢によって聴力が衰える原因は、耳の奥にある蝸牛かぎゅうという器官の老化や、聴神経に関わる血管の正常老化です。生活習慣病による血管の老化も関係します。

長年イヤホンやヘッドホンで大音量の音楽を聴き続けたり、騒音にさらされる仕事に携わったせいで、蝸牛内部の有毛細胞が傷つく場合もあります。また、遺伝的な要因も大きいと言われます。

下記に思い当たる項目があれば、難聴が始まっているかもしれません。

●会話の中で、聞き間違いが多くなった。
●後ろから呼ばれると、気づかないことが多い。
●大勢の人がいるところで、言葉がよく聞き取れない。
●電子レンジや体温計などの電子音が聞こえにくい。
●家族に、テレビの音量や電話の話し声が大きいと言われる。

ただし聴力障害に対しては、医学がかなり進んでいます。手術で治る場合もありますし、骨伝導を利用する優れた補聴器が出回っています。認知機能が落ちる前に適切な対策を取れば、対人コミュニケーションと社会性を維持することが可能です。

社会的孤立は男性には深刻な問題

社会的孤立は、身体と脳に前述のような廃用性退化を引き起こし、心理的にも孤独感が増すなど、負のスパイラルになりやすいのです。

認知症の年配の男性
写真=iStock.com/SIphotography
※写真はイメージです

とくに重要なのは、社会的孤立は、男性において特に深刻な問題です。定年退職と同時に、仕事も人付き合いもなくして孤独に陥りがちだからです。その点は女性のほうが、仕事以外にも趣味や地域のつながりなどで、自分の持ち場を得ている人が多いようです。

男性の場合、退職したと思ったら認知症になってしまう人もいます。これは突然発症したのではなく、ゆっくり進行していた病状を、脳の代償機構が意欲や責任感や役割意識を働かせてカバーしていたためと考えられます。

気持ちの張りがなくなった途端、火事場の馬鹿力的なタガが一気に外れてしまい、元々あった病気が表に出てくる。それが、周囲からは劇的に見えるだけです。アルツハイマー病やレビー小体型認知症(※)、パーキンソン病など神経系の変性疾患は、徐々に進行するからです。

一方、脳梗塞などが原因になる血管性の認知症は突発的です。神経の老化はゆっくりですが、血管の老化は急激で、突然詰まったり破裂したりするのです。

※レビー小体型認知症:認知症の中で2番目に多い。レビー小体と呼ばれる線維性のタンパク質の異常な円形構造物が脳に蓄積すると、神経細胞に変性が現れ、脱落が生じて起きる認知症。