「診療費は支払われない可能性が高いでしょうね」

しかしその精神科も、男性患者とのトラブルがあったのか、診療を受け付けないという。

「患者は自殺するリスクもありますが、それでも診察していただけませんか?」と山田医師がお願いしても、先方は受け入れ拒否。

1時間後、知りあいだったという地域のボランティア団体が男性患者を迎えにきてくれることになった。

「本日の診察の支払いは?」

私は山田医師に聞いた。

「所持金7円ですので今日は無理でしょう。後日郵送で請求になると思いますが、支払われない可能性が高いでしょうね」

顔には疲労の色が濃くにじんでいた。私がそれを口にすると、

「いやあ……」と、山田医師が天を仰いだ。

「暴れるなどこちらに迷惑をかけているわけではないから警察の対象にはならないですし、自分の体を傷つけているわけでもないから治療はできないし、それほどの切迫感もない。ER医師として何かできないか考えていたのですが、彼から情報を集めて知り合いの方に手当たり次第連絡をするしかありませんでした」

医療従事者と住民の両方を守るために、いまなにをするべきか

ERには2020年、たくさんの自殺未遂の患者も運ばれてきた。精神疾患を持つ人、自殺未遂の患者が救急車で搬送される場合、受け入れを断られやすい。診察や治療に手がかかるうえ、手術や入院で診療報酬を得られるわけではないからだ。病院や医師たちの負担は大きい。それは「断らない救急」の負の面といえるかもしれない。

それでも同院ERは、ここで全ての患者を受け入れる。

だからこそ地域住民は、「何かあれば、いつでもこの病院が受け入れてくれる」と、この地で安心して暮らしていける。

この3回の連載で、私は日本で最も救急搬送患者を受け入れる湘南鎌倉総合病院ERの様子を伝えつつ、この地域をモデルとし、トップダウンで各地の病院機能の役割分担を進めてほしいと願いながら筆を進めた。

大規模病院に医療資源と患者を集約させ、周囲の病院がその後方支援をする。それは医師をはじめとした医療従事者と、住民の両方を守ることになる。今回の密着取材で改めてその確信を得ている。

コロナ禍は長年無視されてきた医療業界の問題点を露見させた。非常時の今だからこそ、改革は進めやすいはずだ。「医療崩壊」といわれる危機を繰り返さないためになにをするべきか。このリポートが一助になることを願っている。

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