コロナ禍以前より東京都の救急体制は全国ワーストだった

そう、コロナ禍以前より救急医療システムはまわっていなかった。私は2018年から全国の救命救急センターに足を運び、現場を見て、何とか現場の崩壊を防ぎたいという思いから、2019年8月、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)を出版し、私なりの提言をまとめている。

新型コロナで医療崩壊が取りざたされるようになり、記者会見では「東京ルールの適用件数」が取り上げられるようになった。東京ルールとは、救急車の受け入れを5回断られたケースに対し、地域の医療機関が相互に協力・連携して救急患者を受け入れるルールのことで、「救急車の搬送困難さ」を表しているという。

ERでの治療は時間との闘いになる
ERでの治療は時間との闘いになる(筆者撮影)

しかし、コロナ禍より前から10回以上電話しても、搬送先の病院が決まらない事例はすでに多発していた。何よりコロナ発生より前から、東京都は119番に通報してから現場に到着するまで(レスポンスタイム)が10分を超え、そして「病院収容までのトータル所要平均時間が50分」と、どちらも全国ワーストだった。何を今更、というのが私の感想だ。自分たちが整備してこなかったことを、さも「新型コロナの感染拡大」がすべての元凶かのように、まるで国民にばかり非があるように言う、国や行政、医師会の姿勢はいかがなものか。

また別の救急医はこう言う。

「大学病院クラスでしたら、医師数はあるはず。“何を優先するか”の判断が、そのまま病院の姿勢を表しているのかと感じます」

何を優先するか。それは「確実に利益が見込める患者」ではなく、命に関わることがある「救急患者」だ。実際には軽症というくくりでも、痛みをこらえている、死ぬのではないかという不安がある、新型コロナに限らないすべての救急患者だ。その重症度は事前に“選別”できない。だからこそ規模が大きい病院のERに医師を集めて、ひたすら診察と治療を繰り返していくしかないだろう。

男性患者の所持金は7円で、精神科に行く交通費もない

2020年年末、「不安が強い」という理由で40代男性患者が救急車で湘南鎌倉総合病院ERに運ばれたきた。ひととおり診察した後、異常はないと判断されて帰宅を促されるが、男性患者は「入院」を申し出た。

担当の山田拓也医師は「ここで入院することはできない。認められない」ときっぱり告げる。そして「精神科に紹介状を書こうか」と提案する。しかし、男性患者の所持金は7円。その精神科に行く交通費さえなかった。

「何もやる気がでないという感じ?」と、山田医師が問うと、

「はい」と、男性患者。

「今の希望は?」と聞けば「父親と連絡をとること」だという。だが、父親には勘当されているとのことで、山田医師が両親や兄弟の携帯に電話をして事情を話しても、身内が手を差し伸べてくれることはなかった。

「でもここで入院して待つことはできないから」と、山田医師は繰り返し、今度はその男性患者がかかっていたという精神科に連絡をする。