監督の最初の仕事は人間づくり

「組織やチームをつくるうえでいちばん大事なことはなにか?」と聞かれることがよくある。ひとつだけを挙げるのは困難だが、わたしは組織づくりの基本は「人間づくり」だと考えている。

監督の役割というとすぐにチームづくりとなるが、チームをつくるには、まず一人ひとりの選手をプロの選手としてつくらなくてはならない。人をつくってはじめてチームづくり、試合づくりに着手できるからだ。

人間づくりとは、簡単に言えば、人間形成である。

自由放任主義を唱える監督が増えてきたが、チームであり組織である以上、最低限まわりの人間が不快にならないだけの社会常識やルールは身につける必要がある。

わたしはヤクルトの監督時代、長髪、茶髪、ひげを一切禁止した。なぜなら選手のそういった姿に不快感を抱くファンに数多く出会っていたからである。

メジャーリーグを代表するニューヨーク・ヤンキースも、長髪やひげは禁止と聞く。伝統あるチームはやはり、人間的な節度や心構えについても厳しく律しているものだ。

人間形成には、そうした社会人教育以外に、その人物が持っている可能性、本人も知らなかったような能力、資質を開かせてやることも含まれる。

「今日ダメなら、おまえはトレードかクビだ」

監督の判断ひとつで、選手の将来は大きく変わる。いわば、選手の「生殺与奪権」を握っていることを、監督は絶対に忘れてはいけない。

ヤクルトの監督時代、中継ぎや左打者のワンポイントなどで貴重な働きをしてくれた左腕投手がいた。

この選手は、驚くほど気が弱い男だった。ブルペンでは目を見張るようなボールを投げているのだが、「次の回からいくぞ」と言われただけで顔が真っ青になる。実戦のマウンドになると、まるで別人になってしまうのだ。

何度話をしてもマイナス思考に陥って、自信を持つようにいろいろ工夫しても効果なし。なかなか結果が出ないことに業を煮やしたわたしは、一か八かの賭けに出た。

試合前、彼に先発を告げ、続けてこう引導をわたしたのである。

「今日ダメなら、おまえはトレードかクビだ。いつまでもつき合っておれん」

とことんプレッシャーをかけることにしたのだ。そこまで追い込めば、火事場の馬鹿力で、開き直れるのではないかと期待したのである。

ホームベースにタッチしているグローブとボール
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このショック療法は見事に成功した。追い込まれて腹を括った彼は、ブルペンで見せるような素晴らしいピッチングをしたのである。

もちろん、すべての選手にこの方法が効くわけではない。彼のように奮起して大化けする人間もいれば、さらに萎縮して潰れてしまう人間もいるだろう。

指導者は部下の仕事ぶりをフラットな目線で見て、それぞれに合った適切な指導を行う必要がある。

まさに、「機に因りて法を説け」「人を見て法を説け」である。