作者に感じる「父性」と「母性」のバランス

スパッと「断ち切る」力は、まさしく父性です。そして、『鬼滅の刃』の大きな特徴である、超重要な人物たちが容赦なく死んでいくという展開。重要なキャラクターが、これだけ短い巻数の中で、次々と亡くなっていく展開は、過去のコミックス史上を振り返っても、なかなかないと思います。

吾峠先生がどのような方なのか、人物像についてはほとんど公表されていませんが、男性作家でもそうそうできない主要人物をバッサリ殺し、予定通りの巻数で完結させる思いきりのよさ。そこに強烈な「父性」を感じるとともに、炭治郎やその他の人物が持つ根源的な「優しさ」、「家族や市民を守る」という母性的な「護る力」をうまく表現する力量を備えています。

父母性のバランスが良い炭治郎を中心に、父母性のバランスをテーマにした本作を構築できるのは、自分の中に安定した「父性」と「母性」を持っていなければ無理だと思います。

父性消滅に対抗する刃

このように、『鬼滅の刃』では「父性」のテーマを前面に出しつつも、「母性」のテーマがしっかりと描かれます。「父性」と「母性」のバランスこそが人を育て、人を伸ばす。「強さ」と「優しさ」の両方があって初めて、人として輝くことができる。そんな素晴らしいメッセージを放っていると思います。

父性と母性を、炭治郎や鱗滝うろこだき、鬼と「鬼になる前の人間」のように一人の人物の中に一緒に描いたり、あるいは錆兎さびと真菰まこものように別な人物に分担させることによって、多様性のある魅力的なキャラクターがたくさん生み出されているのです。

「男性」が見ても、「女性」が見ても、「子供」から「大人」まで万人が見ておもしろく、そして「炭治郎」に感情移入し、「個性的な脇役」に自分のお気に入りを見出すことができる。「父性」と「母性」のテーマをバランスよく描いている。それこそが、私は『鬼滅の刃』が大ヒットしている心理学的理由だと考えます。

『鬼滅の刃』というタイトル。「鬼」は「Very Bad Father」(強すぎる父性)の象徴。つまり「父性消滅に対抗する刃」と理解できます。父性消滅の危機に瀕する昨今、父性を強めつつ、さらに母性も大切にしていく。本作には究極の対処法が示されていたのです。