なぜ『鬼滅の刃』は大ヒットしたのか。精神科医の樺沢紫苑氏は「物語の中では、超重要な人物たちが容赦なく死んでいく。その『断ち切る』力が、現代において渇望されていたのではないか」という――。(後編/全2回)
※本稿は、樺沢紫苑『父滅の刃 消えた父親はどこへ』(みらいパブリッシング)の一部を再編集したものです。
「柱合会議」における父性と母性
前回の記事で見たように、父性と母性のバランスという描写は、『鬼滅の刃』に何度も登場します。それを詳しく説明するだけで一冊の本になるくらいです。その中でも、父性と母性に関する、非常に重要なエピソード「柱合会議」についてみておきましょう。
鬼殺隊は、軍隊と同じように階級制度があります。その階級の一番上位に存在するのが「柱」であり、鬼殺隊には柱は9人しかいません。
鬼(=禰豆子)を連れていた炭治郎と、鬼(禰豆子)殺しを妨害した冨岡義勇。2人は、隊律違反の疑いで、鬼殺隊の裁判所ともいえる「柱合会議」にかけられるのです。
冨岡を除く8人の柱。そのほとんどは、「裁判の必要などないだろう! 鬼もろとも斬首する!」(炎柱・煉獄杏寿郎)、「生まれて来たこと自体が可哀想だ。殺してやろう」(岩柱・悲鳴嶼行冥)と、冨岡と炭治郎は明らかに有罪。鬼となった禰豆子は、今すぐ殺すべきという厳しい主張をします。
そんな中、ポジティブな雰囲気を放つ人物が一人だけいます。それは、恋柱、甘露寺蜜璃です。彼女は柱が発言するごとに、「可愛い」「素敵だわ」「カッコイイわ」とキュンキュンしています。
炭治郎が有罪となれば鬼殺隊からは追放か、禰豆子も殺されるという緊迫した状況の中、甘露寺の心の中の発言は、明らかに場違い。「柱合会議」といえば、極めて厳粛に進められるイメージですが、『鬼滅の刃』の中でも最も笑える場面の一つになっています。