安倍政権は集団的自衛権を容認するよう憲法解釈を変更した。だが、その実態は、「安倍政権の政治的遺産」といえるものではないという。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏は「連立政権を組む公明党の支持母体である創価学会に配慮せざるを得なかった。その課題は菅政権に引き継がれている」という――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

2020年9月16日、メディアに向かって話す首相官邸に到着した安倍晋三首相(当時)
写真=AFP/時事通信フォト
2020年9月16日、メディアに向かって話す首相官邸に到着した安倍晋三首相(当時)

自民党候補にとって、公明票は命綱

【佐藤】菅総理が、安倍さんから政権を引き継ぐにあたっては、公明党との連立が前提だったことは当然にしても、将来、維新との関係をどうしていくか、これは需要なポイントでした。

【手嶋】自民党の一部には、橋下徹元大阪府知事を閣僚に起用するのではという観測もありましたからね。連立の組み替えはないにしても、自民・公明・維新の連携強化は、憲法改正に向けて重要な布石になりますから。

【佐藤】連立を組む党の意向がどれほどのものか。コロナ対策の給付金を巡る問題で、われわれは嫌というほど見せつけられました。

【手嶋】公明党は、「低所得世帯に30万円」という自民党案に「ノー」を突き付けました。そして「一律10万円の給付」の公明案で押し切ってみせました。この変事こそ、「30万円」案を主導してきた岸田政調会長の総理の芽を潰すことにもなりました。

【佐藤】だからと言って、自民党内には、公明党を切って捨て、連立の相手をより政策的に近い日本維新の会に組み替えるべしといった意見はあまり聞かれません。現下の小選挙区制では、接戦となった時には自民党候補にとって公明票は命綱ですから。

「強いパイプ」菅総理の政治的な凄みになっている

【手嶋】国家の基本的な骨格を定める憲法の改正にあたって、戦力は保持しないと明記した第九条の条項を残しながら、自衛隊を合憲として明記するという奇妙な自民党案が出てくるのも、結局、創価学会に根強いパシフィズムとの妥協の産物に他なりません。

【佐藤】安倍政権が続いていたら、大胆に連立を組み替えて、本格的な憲法改正に乗り出した可能性は捨てきれませんでしたが、菅さんが政権の浮沈を賭けて大胆な決断に踏み切る可能性は大きくありませんね。そもそも、「菅派」という自前の派閥を持たない菅さんは、「公明党との強いパイプ」を武器に、自民党内に睨みを効かせているわけだから。実際に、公明党の支持母体である創価学会の佐藤浩副会長とは、極めて良好な関係を築きあげ、これが菅さんの政治的な凄みになっているんです。

【手嶋】「コロナ給付金」の問題は、公明党が連立の解消も辞さないと押し切った分かりやすい例です。これに対して、集団的自衛権の憲法解釈を変更した安保法制では、自民党が水面下の折衝で公明党の主張にぐんと歩み寄ったケースでした。これなどは、日本のメディアがきちっと検証しておくべきなのですが、見るべきものがありません。