時には人工衛星や航空機で偵察する徹底ぶり

チームは、サイノ・フォレスト社が高収益を上げていると宣伝していた広東省雷州市の合弁企業のパートナーである同市の林業局を訪問し、サイノ・フォレスト社が出資金を払い込んでいないため、合弁が解消されている事実を突き止めた。また同社が主要取引相手としている5つの会社を実際に訪問し、そのうち29億ドル(約2348億円)の取引をしたという4社には実態がなく、唯一実態がある会社も、吹けば飛ぶような中小企業で、巨額の材木取引はできないことを明らかにした。

黒木亮『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA)
黒木亮『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA)

またサイノ・フォレストは2010年に中国雲南省臨滄市で2億3100万ドルの広葉樹の立木を売ったとしていたが、臨滄市林業局を訪問して事実関係を確認し、その販売量は中央政府が臨滄市に割り当てた切り出し量の6年分で、輸送のためには片側一車線の山道を5万台以上のトラックを走らせる必要があり、あり得ないことであると喝破した。

マディ・ウォーターズに限らず、カラ売りファンドは、常識にとらわれず、時には人工衛星や航空機による事業実態の偵察まで行い、何カ月もかけて徹底的に調査する。彼らに共通するのは、高い知性、偏執狂的な集中力、粘着質な性格、旺盛な独立心と反骨精神だ。筆者はエンロン事件以来20年近くカラ売りファンドの動向を追い続け、今般『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA)という経済小説で、米系カラ売りファンドと日本企業のさまざまな攻防戦を描いた。

日本企業も目を付けられた

マディ・ウォーターズは日本では2つの案件を手がけている。

2016年12月、前年に発覚した東芝の不正会計の衝撃が残る時期に、日本電産を「永守重信会長兼社長の下、非現実的な経営目標を掲げ、目標から大幅に離れた結果しか出していない。M&Aを除けば、継続事業の成長率はほぼゼロで、株価は倍以上に過大評価されている」としてカラ売りした。

売り推奨レポートが発表された時点での日本電産の株価は9652円だったが、株価は、その後一貫してこの水準を上回り、現在は2万6190円まで上昇した(2020年に1株を2株にする株式分割を実施しているので、分割前と同じベースで比較)。カラ売りは失敗と言ってよいだろう。

2019年11月、東京大学発のバイオ医薬品企業で、独自の創薬開発プラットフォームによって医薬品の開発を促進するペプチドリーム(東証一部上場)の株をカラ売りした。カラ売りの理由として、①臨床試験まで進んだ開発プロジェクトはほとんどない、②公表している19社との共同開発プロジェクトは、一覧から抹消せずに公表している可能性がある、③公表している101本の研究開発プログラムの中に休止や消滅状態のものがある、等を指摘した。