ゲイン・オン・セールという会計手法とは

チェイノスは1980年にイェール大学を卒業し、1985年以来「キニコス・アソシエイツ」というカラ売り専業会社を運営している(現在の運用資産は10億ドル以上)。

チェイノスは、エンロンが破綻した2カ月後の2002年2月に、米下院のエネルギー・商業委員会で、エンロン株をカラ売りした経緯を証言している。この証言は、公開情報の中から、どのようにして企業の悪い兆候を探し出すかの方法を網羅的に示していて、非常に興味深い。

チェイノスが、最初にエンロン株に注目したのは、2000年10月のことだった。当時、エンロンの株価は最高値に近い80ドル。きっかけは、友人から「ウォール・ストリート・ジャーナルのテキサス版を見たか?」と訊かれたことだったという。記事は、エンロンの「ゲイン・オン・セール(gain-on-sale)」という会計手法に疑問を投げかけたものだった。これは、5年、10年といった長期のエネルギー取引であっても、契約の全期間にわたって得られる利益の現在価値を、契約締結時点で利益として一括前倒し計上する会計処理方法だ。将来得られる利益額に関しても、エンロンが算定した将来のエネルギー価格の推測値を用いて弾き出すという不確定要素の多いものであった。

チェイノスは、エンロン以外のエネルギー企業を観察して、「ゲイン・オン・セール」会計に問題があることを認識していた。経営陣が、利益を膨らませる目的で、将来のエネルギー価格を楽観的に見積もる傾向があったからだ。また、将来、エネルギー価格が予想と違った場合、過去に計上した利益を下方修正しなくてはならないが、そうした場合、企業はさらに大きな取引を行って、利益を「ゲイン・オン・セール」で一括前倒し計上し、下方修正分を埋め合わせる「麻薬的取引」に手を染める可能性が高い。

チェイノスは、まず、エンロンの1999年度の「10K」を読んだ。「10K」とは、1年間の企業活動を示す包括的な財務諸表で、SEC(米証券取引委員会)に提出され、誰でもインターネットで入手することができる。ちなみに、「10K」以外にも米国の上場企業はSECに対して「10Q」(四半期報告書)や「8K」(合併、取締役選任、破産など重要な出来事が起きたときに提出する)といった書類を提出しなくてはならない。ニューヨーク証券取引所に上場しているような日本企業の場合、日本で出している年次報告書や四半期報告書には投資家をナメたような表面的なことしか書いていなくても、SECに対するこれらの書類には相当詳細なことを神妙に書いているケースがよくあり、企業の実態把握にはまずこちらを読んだほうが早い。

エンロンの「10K」を読んで、チェイノスがもっとも問題視したのは、「ゲイン・オン・セール」会計を使っているにもかかわらず、同社の資本利益率(リターン・オン・キャピタル)が、7%という低水準だったことだ。「エネルギー・ヘッジファンド」とでもいうべきエンロンの業態からいって、これは「異常に低い」水準である。さらに、信用格付けなどからいって、エンロンの資金調達コストは9%近いと推定されるので、エンロンは利益が出ていると発表していたが、実際は赤字ではないかと疑われた。