安倍前首相が多用したまわりくどい官僚言葉も抽象語も根性論もなし――。菅義偉首相は所信表明演説で手堅いコミュ力を発揮した。コミュニケーション・ストラテジストの岡本純子氏は「職人肌の実務派らしくパフォーマンスを排し、具体的な数値や目標の政策を述べた。地味だが安心感のある味噌汁のような味わいだった。『イチゴ農家の息子から国のリーダーへ』という立身出世物語も国民の共感を呼んだ」という――。
臨時国会召集を前に記者団の質問に答える菅義偉首相=2020年10月26日、首相官邸
(写真=毎日新聞社/アフロ)
臨時国会召集を前に記者団の質問に答える菅義偉首相=2020年10月26日、首相官邸

味噌汁のような味わい…菅義偉首相の所信表明演説で透けて見えたこと

菅義偉首相が10月26日、所信表明演説を行った。

筆者は日本の社長や役員へのプレゼンテーションやスピーチのコーチングをなりわいとしているが、菅首相の初舞台評を求められればこう答える。

「味噌汁のような味わい」

見た目の派手さも、演出やパフォーマンスはゼロで、究極的に地味。でも、一口すすれば安心感を覚える……。

そんな感覚になったのは、世界のリーダーのコミュ力ウオッチャーとして、ここのところ大統領選でのドナルド・トランプ氏の話し方を連日連夜、見続けてきたからかもしれない。質の悪い油で揚げられたフライドチキンのようなギトギト感で胸やけしている胃には、なんとも優しく懐かしい味だった。

トランプ氏は天才的なコミュニケーターだ。

その手法は「『逆転勝利の匂い』トランプが崖っぷちで“トランス状態”をつくる全手口」と題した、筆者の記事で詳述した。

プロパガンダの代表的手法には主に次の7つがある。

①ネーム・コーリング(攻撃対象にネガティブなレッテルを貼り、愚弄する)
②カード・スタッキング(自画自賛し、都合のいい事象を強調し、都合の悪いことは隠蔽、または捏造だと主張する)
③バンドワゴン(「他の人もそうしているから」と支持や参加を促す)
④テスティモニアル(権威ある人などに証言させて、自分の正当性や有用性を信じさせる)
⑤一般人(一般の人の代弁者であるように振る舞い、安心感や親近感を演出する)
⑥転移(国旗や政府専用機など、威信のあるものに自分のイメージを重ね合わせる)
⑦華麗な言葉による普遍化(Make America Great Againなど普遍的や道徳的と考えられている言葉と結びつけて、錯覚させる)

トランプはこれらを縦横無尽に駆使してきた。「敵を作る」「断言する」「複雑な事案を単純化する」など、「インチキへび油(スネークオイル)商人」も真っ青のプロパガンダテクニックすべてを使い倒して、大統領まで上り詰めた。

菅首相のプレゼン「安倍前首相、トランプ大統領との違い」

それに比べると、菅氏はマスクもしたままで飾り気もなく、誹謗も中傷も暴言もない。トランプによって筆者の感覚はすっかりマヒしてしまったのか、その当たり前と退屈さが逆に貴重に思えてくるのだ。

安倍晋三前首相は、日ごろの会見などでプロンプターを使ったり、海外では英語でプレゼンをしたりするなど、どちらかと言えばパフォーマンス重視派で、昨年10月の所信表明演説では、「その責任を、皆さん、共に果たしていこうではありませんか」などと声を張り上げて呼びかけた。

同時に、具体的な人名やエピソードを挙げつつ、「平和や繁栄は、必ずや守り抜く」「国難ともいえる少子化に真正面から立ち向かっていく」といった情緒的なアピールも目立った。「守り抜く」「立ち向かっていく」とヒーローのごとく、感情で訴えようとする「エモい」言い方。「美しい国」という漠然としたスローガンも、その延長線上にある。

それに比べると、菅氏のスタイルは実に対照的だ。安倍的なエモさはない。