経営者にとって、社員とはコストでありながら、一方で共同体の仲間であり、かつ価値の源泉でもあるという多義的な存在だ。コストとしては抑制しつつも、業績向上のために士気は高めねばならないという矛盾の中で、経営者はつねに難しい選択を迫られる。
ましてや、コストダウンが経営の命運を握るディスカウントストアであったとき、並大抵の苦労ではないことは明らかだろう。
世界最大の小売り企業・ウォルマートの創業者であるサム・ウォルトンは、その「並大抵でないこと」を鮮やかにやり遂げた人物である。
1962年の創業から死去する92年までの彼の事績をたどると、一筋縄ではいかない彼の人間としての複雑さ(懐の深さ)や、状況によって自己を変容させる調整能力(EQの一部である)の高さが垣間見えてとても面白い。
ウォルトンは、そもそもは仕事にのめりこむ苛烈な人物で、自分にも他人にも厳しかった。
午前3時にはオフィスに来ていたという彼は、部下にも激務を求め、それに従わないものは解雇した。また、倹約家(というよりケチ)であった彼は、社員に徹底した経費節減を求め、非正規従業員への賃金に至っては法規制スレスレの額しか出さなかった。こういう経営者ならどこにでもいる。
しかし、ここからがウォルトンの真骨頂である。70年代に入り、労組結成の危機を感じた彼は、会社のあり方をいっきに変える方向に出る。従業員たちを経営に巻きこむことが、結果的に利益増大につながると気づいた彼は、自分のやり方の問題点を冷静に悟り、新しい施策を矢継ぎ早に打ち出していくのである。
その中には、配当や目標達成時のボーナス支給のような経済的施策、優秀な人材を登用するといった人事的施策などもあったが、意外なことに、彼が最も力を入れたのは会社全体の「情緒的な一体感」をつくることであった。
特に75年の日本・韓国旅行で見た、工場労働者が皆で一緒に体操をしたり、唱和をしたりする様子はウォルトンに強い影響を与えた。ついには「カンパニー・チアー」という慣例までも生み出させる。ボブ・オルテガの『ウォルマート-世界最強流通業の光と影』(日経BP社)の表現を借りれば、こんな感じだ。
「『ギミー・ア・W!』とウォルトンが叫ぶ。すると『W!』と社員が叫び返す。そうしてウォルマートの綴りをたどっていく。ハイフンのところでは、ウォルトンは『ギミー・ア・クネクネ』と叫び、腰をかがめてお尻をねじる。社員たちもくねくねお尻を動かす」
「苛烈な仕事人」から「腰くねくね」とは激しい変わりようである。しかし、彼の本質は、おそらく何も変わってはいない。「こうすれば利益につながる」と確信したときの徹底性こそが彼の凄みであり、それが今日のウォルマートを生み出す原動力でもあったのだ。