日本では駅伝が盛んなため、海外では少ない1万mレースが多い

もともとナイキ厚底シューズはトラックを速く走るためではなく、マラソンの終盤に余力を残すことを狙いとした設計になっている。具体的には靴底(主にミッドソール)を厚くすることで、脚へのダメージを軽減させて、エネルギーリターンを高めることがポイントになっているのだ。

では、なぜ日本人選手はトラックでも厚底シューズを履くのか。

それはトラックの延長に駅伝があるという実態と、日本ほど1万mレースが盛んな国はないからだ。

海外では1万mレースの数が少なく、長距離種目といえば5000mがメインとなる。加えて、駅伝もない。裏を返せば、箱根駅伝(10区間217.1km)やニューイヤー駅伝(7区間100km)があるからこそ、日本人はトラックの1万mを走るのだ。なぜなら5000mより1万mの方が本番の距離の近いため、「メンバー選考」の参考になるからだ。

スパイクはトラックをピンでキャッチすることができるため、スピードを出しやすい反面、脚へのダメージが少なくない。しかし、ナイキ厚底シューズはエネルギーリターンが高いので、速く走れるだけでなく、脚へのダメージも少ないというメリットがある。加えて、トラック1万mの走りをそのまま駅伝に持っていく流れを作りやすい。

マラソンをする人々、上から撮影
写真=iStock.com/ZamoraA
※写真はイメージです

世界大会のように細かいスピードチェンジを繰り返しながら、ラスト1周(400m)を53秒前後のスパートで勝負がつくレースではスパイクが不可欠だ。しかし、国内の冬に行われる1万mは「記録会」と呼ばれるレースが大半だ。順位を競うのではなく、全員がタイムを狙うため、ほぼ一定ペースで進行する。スピードを切り替えるのは終盤くらいのため、ランニングシューズでも十分なのだ。

ただし今後はトラック種目で厚底シューズが使えなくなると、日本の1万mは記録が低下する可能性があるだろう。さらに、トラックの1万mを駅伝につなげていくという考え方を改める必要が出てくるかもしれない。果たして、今冬はどのような影響が出るのだろうか。

ナイキは超厚底のトレーニング用モデルを発売

国内のトップランナーはマラソン、駅伝、トラックの各分野でナイキ厚底シューズを履く選手が増加。彼らは本番大会前後のトレーニングでも同モデルを履くという流れが加速している。しかし、今年3月の東京マラソンでエア ズーム アルファフライ ネクスト%(以下、アルファフライ)を着用して2時間5分29秒の日本記録を打ち立てた大迫傑は最速モデルを練習時に多用するのはよくないのではないか、と話している。

「アルファフライは大切な練習と試合のときしか履かないですね。その日のためにとってとっておくイメージです。普段の練習では、薄底タイプのシューズを履くことが多いですし、トラック練習ではスパイクも履きます。トレーニングに応じてシューズは履き分けています。練習で自力をつけていくことで、アルファフライを履いたときに最大限の力を引き出せるんじゃないでしょうか」

ナイキ厚底シューズを履くことで、ハードなメニューを通常のシューズと比べて楽にこなせたとしても意味はない。昨年の箱根駅伝と全日本大学駅伝を制した東海大もトラック練習ではナイキ厚底シューズの使用を控えるように指導しているという。

そんな実情を察知したのか、ナイキはアルファフライのトレーニング用モデルといえる「エア ズーム テンポ ネクスト%」(以下、テンポ)を発売(メンズは8月27日、ウィメンズは9月10日)した。