工事担当者「首塚は神聖な場所だが祟りを恐れたわけではない」

私は工事計画が始まる前に同社の担当者に将門の首塚の扱いを聞いていた。担当者は、「将門の首塚は神聖な場所であり、再開発には組み込まない。祟りを恐れてというわけではない」とだけ、答えた。

しかしながら、工事現場は将門の首塚は、墓そのものやさらにその上部を、工事の粉塵や落下物が落ちてこないようにするための強化ガラスで覆い、完全防備している。同社が再開発と「祟り」とを結び付けたがらない心境は分からぬではないが、「将門の怨霊伝説」をきっと意識しているに違いない。

平将門は、太宰府で無念の死を遂げた菅原道真や、讃岐に流されて亡くなった崇徳上皇とともに「日本三大怨霊」に挙げられているのだ。

平将門は「日本三大怨霊」のひとり、「御霊信仰」は今も息づく

ちなみに菅原道真は太宰府天満宮(福岡県)に、崇徳上皇は白峯神宮(京都府)に御霊が荒ぶらないように祀られている。平将門の首が晒された京都の四条西洞院には、神田明神と称する小堂が祀られ、そこの案内板には「天慶年間 平将門ノ首ヲ晒シタ所也」と書かれている。

怨霊を恐れ、荒ぶらないように祭り続けることを「御霊ごりょう信仰」と呼び、日本人は長きにわたってその精神を大事にしてきたのだ。

都会に残る御霊信仰の例は関西にもある。

京阪電車の萱島駅(大阪・寝屋川市)のホームの中央には、大木が屹立している。推定樹齢700年のクスノキである。クスノキは高架になったホームを貫き、天井もそこだけ避けている。さらに、幹はガラス壁で覆われている。

クスノキが生えている萱島駅のホーム
クスノキが生えている萱島駅のホーム

将門の首塚同様に、御神体を傷つけないように配慮して駅舎が建てられているのだ。幹にはしめ縄がかけられ、「クスノキに寄せる尊崇の念にお応えして、後世に残すことにした」と立て看板が立てられている。

京阪電車は1972(昭和47)年、高架複々線工事に着手する。実は現在のホームの場所には萱島神社があって、境内に生えているクスノキの伐採計画が持ち上がった。そのとき、「御神木を切るとはとんでもないこと。事故などの災いが起きたらどうするのか」と、住民運動が起きて保存されることになった。鉄道会社は、常に人命を預かっている。仮にクスノキを切って、その直後に不慮の事故があれば、きっと祟りと結び付けられたに違いない。

科学万能社会にあって、御霊信仰などばかばかしいと考える人は少なくないだろう。しかし、この御霊信仰は侮れない。見えざる世界に想いを馳せる大切さはもとより、「都会のオアシス」としての価値は小さくない。御霊信仰があってこそ都会の緑が保全され、人々の憩いの場になっているとも言える。実は気づかないだけで都会には御霊信仰に基づく、神社や寺院が結構あるものだ。

こうした存在は、国連加盟国が2030年までに達成するために掲げた17の目標「SDGs(持続可能な開発目標)」にも少なからず貢献しているといえる。11番目の「住み続けられるまちづくりをする」、13番目の「気候変動に具体的な対策を講じる」、15番目の「陸の豊かさを守る」などに合致する。

時には、こうした祈りの空間は、災害時の避難所としての役割を果たすことも考えられる。そう考えれば将門の首塚も「祟られる」のではなく、「守られている」という意識を持つのが正しいかもしれない。

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